クルマやバイクには物語が必要だ

ひとが生きていく上で物語が必要だと言われるが、クルマやバイクを乗り続けていくにも物語があった方が断然いい。

物語があることでクルマやバイクに乗っていない時間でも、乗っているのと同じ気持ちになれるからだ。そして物語があることでクルマやバイクに乗り続ける理由もはっきりとわかってくる。


白いクーペが紡ぐ物語。

文・河西啓介

 1983年にリリースされた稲垣潤一のヒット曲、『夏のクラクション』は、男女の切ない恋愛を歌った名曲だ。歌詞の冒頭で、海沿いのカーブを走り去って行く、彼女の白いクーペを見送るという情景が描かれている。

 僕は数年前、この曲の作詞家である売野雅勇さんと仕事でご一緒したとき、思いきって予てから気になっていたことを訊ねた。それは、この歌詞で描かれているのはどんなクルマで、どこのカーブを抜けていくシーンなのか、ということだった。

 あまたの大ヒット曲を手がけている高明な作詞家に、歌詞の種明かしのようなことを訊ねるのは失礼だと思ったが、売野さんはとても気さくに答えてくださった。

 「あれは葉山の長者ヶ崎あたりのカーブだよ。白いクーペはフォード・サンダーバード。『アメリカン・グラフィティ』のラストで、旅立つ飛行機の窓から、追いかけてくる白いサンダーバードを見下ろすシーンがあるんだけど、その記憶が残っていてね」

 売野さんに歌詞の秘話を教えてもらったとき、僕はとても嬉しかったのだが、同時にほんのちょっとだけがっかりした。僕がアタマの中で思い浮かべていたクルマではなかったからだ。

 『夏のクラクション』を聴く僕のアタマの中を走り抜けて行ったのは、白いいすゞ117クーペだった。1968年から’81年までつくられた、ジウジアーロ・デザインの流麗なクーペだ。年代的にも曲の雰囲気的にも、きっと117クーペに違いない。そんな僕の勝手な妄想ストーリーは修正を余儀なくされた。それでも海沿いのカーブについては、湘南を走る国道134号線を想像していたからビンゴだったのだが。
 売野さんは、ご自身の詞についてこんな話もしてくれた。

 「ある人に言われたよ。“売野さんの歌詞にはよくクーペが登場しますね”と。そう言われてみると確かに多いんだ。クーペは物語を感じさせてくれるからね」

 クルマ好きには説明不要だろうが、「クーペ」とは「セダン」や「ワゴン」と同様、自動車のボディ形状を表す言葉だ。基本的には2ドアで、背が低く、スタイリングを重視したスポーティな乗用車を指す。80年代頃までクーペといえばカッコいいクルマの代名詞で、若者にとって憧れのクルマだった。

 しかし現在、クーペは国内外を問わず、絶滅危惧種となっている。その理由を端的に言うなら「不便」だからだろう。ミニバンやSUVなど広く快適なクルマが主流になったいま、2枚のドアとミニマムな居住性しか持たないクーペが廃れたのは、当然の成り行きなのかもしれない。

 だが逆説的に言うなら、クーペはその不便さゆえ魅力的なのだ。『夏のクラクション』で海沿いのカーブを抜けていくのは、ミニバンでもSUVでもなく、美しいクーペであってほしい。売野さんが言う通り、クーペだからこそ生まれる物語ストーリーがあるのだから。

 もちろん平穏な日常の中にも物語はある。だが人生を振り返ったとき、強く記憶に焼きつくのは、笑ったり、泣いたり、怒ったり、つまり感情が“揺さぶられた”ときだろう。

 クーペは乗り降りが面倒かもしれない。室内が狭いと感じるかもしれない。荷物が積めなくて苦労するかもしれない。だけど道に止めた愛車を振り返ったとき、ふと「ああ、カッコいいな」と思わせてくれる瞬間がある。そんな心の振れ幅を与えてくれるクルマだからこそ、物語を感じさせてくれる。

 自分の話で恐縮だが、僕はアルファロメオ・スパイダーという、ちょっと旧いイタリア製オープンカーを所有している。クーペではないが、ドアは2枚で、シートは2座、トランクはミニマム。乗り心地は決していいとは言い難く、スピードを上げるとオーディオの音など聞こえなくなるプリミティブなクルマだ。

 しかし幌を開けて、空いた道をのんびり走っていると、それだけでとても愉しい。1日走り終えてガレージに戻ってくると、「がんばったな」と声をかけてやりたくなるほど愛しさを感じる。

 すべての人の人生に物語があり、どんなクルマにも物語はある。だがクルマが便利で安楽になっていくほどに、心が揺れたり震えたりする瞬間は少なくなるんじゃないか、そんなふうに思う。少々不便でも心を通わせあい、物語を紡いでいけるクルマが、僕は好きなのだ。

河西啓介/Keisuke Kawanishi

1967年生まれ。大学卒業後、広告代理店を経て自動車雑誌『NAVI』編集記者に。2001年、バイク雑誌『MOTO NAVI』を創刊。2010年、独立し出版社ボイス・パブリケーションを設立する。2012年『NAVI CARS』を創刊。2019年よりフリーランスとして編集、執筆業を行う。いっぽう音楽アーティストとして2020年にアルバム『ROAD TRIPPER/ROAD TO BUDOKAN』をリリース。各地でライブ活動を行う。
オフィシャルサイト「サスライケースケ」https://sasuraik-suke.com/

J.BOYにみる浜田省吾バイク論

文・山下 剛/写真・淵本智信

 6年前に書いたバイクと浜田省吾の文章が前々号で再掲載され、ひさしぶりに読み返した。いまも気持ちに変わりはないが、書ききれていないという思いがわいてきた。だからしつこいが再度バイクと浜田省吾のことを書く。

 浜田省吾の楽曲にはバイクのイメージがわりと色濃い。しかし、この文章を書くにあたって調べてみたら、意外なことに、はっきりとバイクが登場しているのは8曲しかない(バイクのことだと思われる曲は他にもある)。

バイクが登場する浜田省吾の曲

1976年 HIGH SCHOOL ROCK & ROLL
1978年 あの頃の僕
1980年 火薬のように
1981年 独立記念日
1982年 恋に落ちたら
1984年 DADDY’S TOWN
1986年 J.BOY
1993年 こんな気持ちのまま

 その中でもっとも有名なのは『J.BOY』だろう。この曲は1986年に発表された。彼はそれまでも世の中の矛盾や疑問にやり場のない怒りや苛立ちを持て余す少年を主人公にした歌詞を書き、その小道具としてバイクを登場させている。そして世間は第2次バイクブームが続いていた時期でもある。その少年たちが成長して大人になった80年代半ば、浜田省吾が“J.BOY”と名づけた青年にバイクを走らせたことはごく自然ななりゆきだろう。

 とはいえ、彼自身はバイクに乗らないにも関わらず、歌詞に登場させた理由はなんだろうか。なぜJ.BOYの主人公は、午前4時にクルマではなくバイクを走らせたのか。

 浜田省吾の歌詞にはいくつかの定形がある。彼の経験や人生そのものの表現。世界や世相への批判。ラブソング。そして彼の経験や思想をもとに作り上げた架空の少年・青年たちの物語で、バイクはここで登場する。

 浜田省吾の世界にはバイクだけでなくクルマも多く登場する。むしろクルマのほうが多いだろう。その歌詞をながめてみると、クルマは愛する彼女やパートナーを乗せるためであることが多いのに対して、バイクはひとりで走らせるために登場している。初期のシングルB面の『火薬のように』では、2台で走ったのか、タンデムしたのかはあいまいながら連れ合いがいるものの、ほかの曲ではひとりになるため、あるいは愛する人もいない独り身だからこそ主人公にバイクを走らせている。

 最初のアルバムの曲『HIGHSCHOOL ROCK&ROLL』では、ナナハンで高速を飛ばして警察に追われたと歌っているが、決して集団走行する暴走族の描写ではない。なぜなら、彼が書いた歌詞の主人公はいずれも群れることはないし、『独立記念日』ではそうした連中を痛烈に批判している。

 J.BOYの主人公は、豊かなこの国で愛する彼女と夜をともにしているものの、夢も理想も誇りも友人も失ったやりきれない気持ちをなんとかしようと、もがきあえぐ日々の中、あるとき夜明け前にそっと部屋を抜け出し、バイクを走らせて海から上る太陽を見つめ、希望を見つけようとする。

 ひとことでいえば、彼にとってバイクは孤独や空虚、さびしさの象徴である。そしてその傍らには、社会とうまく順応できない自分へのもどかしさ、同時に社会や権力への不満や批判から発する怒りが伴う。孤独と憤怒。ステレオタイプといえばたしかにそのとおりだが、彼がバイクに投影したイメージは、私にとってもまったくそのとおりで、だからこそ私はバイクに乗り続けてきたし、浜田省吾を聴いてきた。

 浜田省吾の歌詞で、バイクがそれらのテーマが伴って登場するのはJ.BOYが最後だ。それ以降1曲だけバイクは登場するが、そこにあるのは孤独やさびしさだけで、怒りはない。憤怒というテーマは、J.BOYで消化されたのだ。

 ひょっとすると彼も若い頃、そしてJ.BOYを作り上げるまではバイクへの憧れがあり、乗りたいと思っていたのかもしれない。しかし若い頃はバイクよりもロックンロールにのめり込み、バイクに乗るタイミングを失ったのではないか。そう思うのは、浜田省吾の歌詞の中で、人生がいくらやるせなくても前進させるためのモチーフがバイクだからだ。

 私がいまもバイクに乗り続けているのは(かなり機会は減っているが)、職業的責務という側面もあるのだが、やはり社会や世間と自分とのズレ、それによる不満や怒りがまだくすぶっているし、自分を鼓舞して人生をドライブさせるための道具がバイクだからだ。かといって眠れない午前4時にバイクを走らせて夜明けの海を眺めたことはない。

 でもきっと、同じことをやったバイク乗りはたくさんいることだろう。私も一度くらいは、眠れない午前4時にバイクを走らせてみようと思わないでもないが、愛車のモトグッチ・カリフォルニアではどうも様にならない気がする。J.BOYになりきるためには、どのバイクがもっとも似合うのだろうか。やはり国産旧車が妥当なところか。とはいえ、ハーレーであったとしてもそれはそれで、J.BOYらしいといえる。ショー・ミー・ユア・ウェイ。

SUZUKI GSX-S1000GX

車両本体価格:1,991,000円(税込)
エンジン:水冷4サイクル直列4気筒/DOHC・4バルブ
総排気量:998㎤
装備重量:232kg(燃料・潤滑油・冷却水・バッテリー液含む)
最高出力:110kW(150PS)/11,000rpm
最大トルク:105Nm(10.7kgm)/9,250rpm
燃料消費率(WMTCモード):17.0㎞/L(クラス3、サブクラス3-2)1名乗車時

山下 剛/Takeshi Yamashita

二輪専門誌『Clubman』『BMW BIKES』編集部を経て2011年にマン島TTを取材するためフリーランスライター&カメラマンとして独立。本誌では『マン島のメモリアルベンチ』『老ライダーは死なず、ロックに生きるのみ』『SNSが生み出した“弁当レーサー”』など、唯一無二のバイク記事を執筆。熱心なファンが多い。また『スマホとバイクの親和性』など、社会的な視点の二輪関連記事も得意分野である。1970年生まれ52歳。

「クルマやバイクには物語が必要だ」続きは本誌で

白いクーペが紡ぐ物語。 河西啓介
オートバイに乗るための本 芝原啓彦
J.BOYにみる浜田省吾バイク論 山下 剛
免許を取ると決めた日から物語は始まっている 山下敦史


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