未来とはここではないどこか、なのではない。今が過去のうえにあるように、気づいていないだけで、未来はたぶんすでに今ここの中にある。
私たちが見つけようとほんの少し目を凝らせば、いろんなものや、いろんなことの中に、隠れている未来を見つけることができるはず。今を見つめることは未来を考えること。未来を考えることは今を見つめることなのだ。
対談 モータージャーナリスト 岡崎五朗×自動車経済評論家 池田直渡 決算書から読み解くクルマの未来
まとめ・黒木美珠 写真・長谷川徹
決算報告書は業績を表しただけの無味乾燥な数字の羅列と思いがち。そんな先入観を打ち壊してくれるのが今回の対談だ。自動車メーカーの現在だけでなく未来をも映し出す決算報告書の読み解き方をこのジャンルの第一人者であるおふたりに語っていただいた。
決算書を読み解くことでメーカーの将来を占う
岡崎五朗(以下、岡崎)今回の対談のテーマは「自動車メーカーの決算書をどう読み解くのか」についてです。企業の決算報告を読み解くというのは一般の人にとって結構ハードルが高いと思います。
池田直渡(以下、池田)僕もそう思います。普通の人は、ちょっと読んで、良かった悪かったと大まかにみるだけで、細部まで読み込もうとする人は少ないです。
岡崎 池田さんは「自動車メーカーの決算報告書を読み解く」という新しいジャンルを開拓した第一人者ですから、ぜひ決算書の読み解き方について詳しく話を聞きたいですね。
池田 自動車メーカーの事業は生産、設計、販売に多くの資金が必要で、基本的にキャッシュフローは悪い業界です。キャッシュフローが悪くなると、会社というのはうまく回らなくなります。いいクルマを作れても、それを続けられるかどうかは決算報告を見ないとわからないです。
岡崎 なるほど。
池田 日産を例にとるとゴーン氏の時代、新しいクルマを一切作らずに従来のクルマを作り続けることによって開発費を抑えたため、決算としては一時的にV字回復を見せました。それでは将来お金を稼いでくれる新型車が出てこないわけですから次第に悪化していきます。
岡崎 そうやって決算書の背景を読み解くわけですね。
池田 そうです。短期的に決算が良い時、開発費をかけていない場合があり、これが将来に影響する可能性にもわれわれジャーナリストは注目すべきなのです。
決算とは今期だけでなく前年度との比較が肝要
岡崎 今回はトヨタの2024年3月期の決算説明会の資料を用意しました(26ページ参照)。今期の決算はトヨタを筆頭に軒並み各社が過去最高益を出していますが、池田さんはこれをどう見ましたか?
池田 決算とは前年と今年を対比するものです。例えば110%の利益と言っても、そのさらに前の年がマイナス30%なら、10%伸びても2期前と比べるとまだまだ元の水準に戻ってないとうことになる。ですから今期の数字だけを見るのではなく、前年の状態を確認しておくことが大切です。思い出して欲しいのですが、昨年の自動車業界はどのメーカーも新車の生産が止まっていましたよね。半導体の不足、部品の不足、輸送船の不足、そういった要因で工場が何度も止まったせいで台数を多く作れなかった。
岡崎 確かに車種によってはかなり納期が長いクルマもありましたね。
池田 そう。販売店で受注済みで、後は工場が作りさえすればお金になるのに作れなかった受注残が溜まっていたのです。対して今年は部品が正常に供給され、工場がフル稼働できるようになったので業績は上がって当然です。
岡崎 コロナ禍では、受注台数は増え、利益は出る、値引きしないでも売れていましたもんね。
池田 売り手市場では値引きはしませんから、販売利益も大きくなりました。クルマがない状況だったので、販売促進キャンペーンもできず、諸費用もかからなかった。
岡崎 つまり、今期の素晴らしい決算は昨年の受注残が爆発したものなのですね。
池田 そうです。今期の決算の好調ぶりは部品の供給が正常化されるなどさまざまな要因が重なったレアなケースです。
岡崎 なるほど。
池田 しかし生産状態が正常に戻った際の注意点もあります。ディーラーは新車の供給不足の対策として見込み発注を増やしているので、店頭在庫を多めに抱えています。そこへ一斉に商品が供給されるようになったことで、ディーラーは値引き競争に走る場合があります。
岡崎 日本は「受注発注」が基本ですが、海外では「店頭在庫販売」が主流ですよね。
池田 そうです。日本のディーラーもコロナ禍では見込み発注で在庫を多く取っていました。そこに通常通り在庫が入ってくるようになると価格競争が始まります。値引きを開始すると、今の健康なビジネス状態が崩れてしまいます。
岡崎 コロナ禍では新古車にプレミアがつくような需要がありましたが、通常は新車より高い新古車というのは誰も買いませんね。
池田 はい。新車で値引きをすると新古車や中古車の価値も下げてしまいます。下取り価格が下がると買い替えも抑えられてしまいます。この現象を防ぐために、今期大きかった利益から、下取り奨励金などを捻出して販売店の動きをメーカーがコントロールすることが重要になってきますね。
業績好調の要因は本当に「円安」だけなのか
岡崎 資料にあるように、今期、トヨタは5兆3,529億円の利益を出しました。これに対しマスコミは「円安が追い風」と報道しましたが、池田さんの説明を踏まえると、円安だけが要因とは思えないですね。
池田 本質はそこではないと思います。円安の影響も少なからずありますが、2023年3月から2024年3月のトップとボトムは10円くらいしか変わらない。150-160円くらいしか違わないんです。為替の差益でめちゃくちゃ儲かるかと言われるとそこまででもないのです。
岡崎 では決算報告書を読み解く場合、まずどこを見るべきなのでしょうか。
池田 最初に確認すべきは「販売台数」です。販売台数が増え、売り上げも伸びているかを見ます。
岡崎 前年比107%となっていますね。
池田 はい。7%増えています。営業収益は、国内のルールやIFRS(国際会計基準)など集計方法によっても多少ズレますが、この数字も伸びていますね。次に見るべきは売り上げの上向き。単年度ならともかく、長期的には営業利益は高すぎるのも問題です。利益率の基準は8%と言われています。
岡崎 8%基準ということは、自動車産業は思ったよりもあまり利幅のない業種ですね。
池田 はい。自動車産業は利幅が少ない傾向にあるので、10%越えのような事態は異常で、適正な方向へ持っていくべきなのです。
サプライヤーと協力して双方良しの原価低減を行う
池田 トヨタは毎年3,000億円の原価改善を目標にしています。前年度に減らした原価を基準として再スタートし、毎年あらたに3,000億円を削減しているのです。
岡崎 10年で3兆円の削減!
池田 すごいですよね。でも単にネジ1本の単価を下げるのではなくて、見直すのは工程です。トヨタの社員がサプライヤーに出向き、互いに協力して効率的に原価低減を進めます。
岡崎 なるほど。
池田 先にサプライヤーの製作コストを下げる努力をしてから原価を下げる。その順番を間違うとサプライヤーが潰れてしまいます。トヨタは、SSA(スマートスタンダードアクティビティー)を行い、過剰品質に走りがちなサプライヤーを指導しながら適正な品質コントロールを行っています。つまり誰も損せずに、原価を安くすることを目指しているのです。
岡崎 トヨタはサプライヤーへのコンサルティングの役割も果たしているのですね。
池田 ただネジ1本の単価を昨年より落とせと言っても落ちるわけがない。落とせるのは工程だけなんです。例えば、今までネジ4本で取り付けていた部品の形状を変えて、2本で取り付けられるように工夫するというようなことを、トヨタ社員がサプライヤーへ実際に出向き、一緒に考えます。そういった製作工程の効率化でしか原価というのは下がらないのです。
岡崎 なるほど。それにしても連結営業利益増減要因の資料を見ると、原価低減の力は凄いですね。
池田 ええ。今期は実は円安による資材高騰で2,650億円を失ったのですが、その分を3,850億円の原価低減でカバーし、結果として1,200億円のプラスを生み出しました。原価低減はマクロ経済が良い時も悪い時も、必ず売り上げを支える重要な稼ぐ力の源泉です。
岡崎 これらの資料からは他にもいろいろなことが分かりますね。
池田 台数、売上、利益、利益率を確認したうえで階段グラフを見ると会社の状態がわかります。何で勝って、何で負けて、何で取り返して今期の利益に繋がったかが読めるのです。
岡崎 台数も売り上げも伸びていますが、この1年に出たクルマは確かにいいクルマが多いですね。
池田 僕らが1年間乗ってきたクルマの確かめ算は「営業面の努力」の細目、「台数」と「構成」を見ればわかります。僕らが乗って感じた好印象の通り。利益が取れるクルマを作り、買い替えの際の下取り価格が高くなり、次にさらに高いクルマを買ってもらえる循環づくりが数字に具体的に表れていますよね。
クルマメーカーを読み解く方法は2つある
岡崎 決算報告と同時に来期の見通しというのも必ず発表しますがそれはなぜでしょうか。
池田 今期程の円安はこれ以上進まないと予想がつく。ここまで大きな為替の影響というのは来年は起きないだろうと予想できるので、それは事前に理解して織り込んでおこうという話です。
岡崎 なるほど。
池田 今期は言い訳が必要となるような状況ではないが、例えば昨年のように部品が不足した場合でも、部品がちゃんと入ってきていたらちゃんと儲かる。今年作れなかった分の儲けは来年取れるので、2期合わせれば売り上げが立つよということが証明できます。決算書というのは前の年と補完し合う関係にあり、連続で期をみていくことが重要になります。
岡崎 今期の決算を正しく理解するためには前期の決算を思い出すと同時に、来期を見通すことも重要なんですね?
池田 そうです。クルマメーカーを読み解く方向は2つあります。1つは決算書で会社がうまくいっているかどうかを見る。もう1つは、我々自動車ジャーナリストは、クルマが良いか悪いかという点でも判断できます。これによって二重で企業を読み解くことができるのです。いいクルマを作れば業績が上がり、継続的に作れる正常な状態になります。
岡崎 なるほど。例えば、決算の数字は良かった。だけど実際は、クルマにお金をかけずに研究開発をしないで安っぽいクルマを作り、一時的にコストを下げて利益を出した数字かもしれない。クルマの良し悪しと、決算書の2つをみて初めて会社がどうなのかを判断することができる。
池田 クルマの良し悪しと決算はしっかりと結びついていて、その意味で全ての新車を実際に試乗し、取材しているモータージャーナリストは、自動車メーカーの決算報告書をとても深く読み解くことができる可能性を持っているとも言えますね。
池田直渡/Naoto Ikeda
自動車経済評論家。1965年生まれ。ネコ・パブリッシング退社後、2006年よりビジネスニュースサイトの編集長に就任。2008年に「グラニテ」を設立。クルマの開発思想や社会情勢との結びつきに着目した執筆活動を行う。著書に『スピリット・オブ・ザ・ロードスター』(プレジデント社刊)、『EV(電気自動車)推進の罠「脱炭素」政策の嘘』(ワニブックス刊)がある。
岡崎五朗/Goro Okazaki
1966年 東京都生まれ
1989年 青山学院大学理工学部機械工学科卒
1989年 モータージャーナリスト活動開始
2008年より テレビ神奈川の自動車番組「クルマでいこう」 メインMC
2009年より 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員/日本自動車ジャーナリスト協会理事/ワールド・カー・アワード選考委員
対談をまとめたのは 黒木美珠/Mijyu Kuroki
自動車メーカーの決算報告書を正しく読めるようになると、私たちにとってどんなメリットがあるのか、どんな視野が広がるのか、非常に楽しみにしながら対談の取材に臨みました。決算書とは、会社の成績表、通信簿のようなものなのだと感じました。その通信簿のデータと、自動車ジャーナリストとしてクルマの性能評価を自分の中で融合させることができたなら、他業界のマスメディアよりも自動車メーカーの本質を捉えた理解ができるのではないでしょうか。
決算書とクルマ自体の評価を融合して伝えるのが自動車ジャーナリストの仕事なのだと改めて思いました。クルマメーカーの現状と未来を読みとき、発信することができる可能性を秘めている。これを磨かずにはいられない! 本当の姿を正しく理解できるようになれるよう精進したいです。
Mijyu Kuroki
幼少期からSuperGT観戦や祖母のS2000でのドライブ、休日の洗車などでクルマに親しむ。洗車のYouTubeチャンネルを立ち上げ、2年目以降からは車中泊90日連泊で日本一周旅や各種メーカー試乗会での新車紹介動画やインプレ撮影などにも活動の場を広げている。目指すは「クルマの能力だけでなくその背景にある作り手の想いなども伝えられるジャーナリスト」。