エネルギーとモビリティ。この2つの世界が融合すると、どんな未来が生まれるのだろう。
エネルギーの視点から見たとき、クルマにはどんな可能性が秘められているのだろうか。
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まとめ・黒木美珠 写真・長谷川徹
岡崎 今日は外気温が33度。エアコンが必須ですが、東京電力のサイトを見たら発電設備の使用率は95%。これ、何かあったらやばい状態ですよね。ところが、一般の人々にとってはいまひとつリアルな危機として認識されていないと感じています。
竹内 電気とはあくまで「手段」であって、私たちが直接向き合うのはテレビとかエアコンといった機器なので、意識する機会がないのだと思います。
岡崎 逆に言うと、停電にでもならないかぎり意識されない。
竹内 もちろん、意識しなくてもいい状態が理想でしょうが、残念ながら日本の現状はそうではありません。
岡崎 電気だけでなく、ガソリンも同じですね。エネルギーとは決して「あって当たり前のもの」ではないことを、まずは皆で認識しないといけない。
竹内 日本ほどエネルギーについて真剣に考えなければならない国はそう多くはないと思います。日本が太平洋戦争に踏み切らざるを得なかった理由は、原油というエネルギーの道を渡絶させられたからですよね。エネルギーとはライフライン、即ち生命線。頸動脈のようなものです。もし頸動脈を止められたら、窮鼠猫を噛まざるを得ない。日本は同じ過ちを二度と繰り返してはいけないのです。
岡崎 わかります。安価で安定したエネルギーがなければ産業も、人々の日々の生活も成り立ちませんからね。竹内さんが書いた原稿を読んでも、エネルギーを適正なコストで安定的に確保することがいかに大事かという信念を感じます。
竹内 私は大学を卒業後に東京電力に勤め、最初は上野の小さな支社に勤務しました。電気料金を頂くのも仕事の1つでした。電気料金は、3ヵ月程度滞納されると送電を止めざるを得ないのですが、電気が止まれば生活できません。年金暮らしのおじいちゃんやおばあちゃんが、年金が出たから2ヵ月前の電気料金をお支払いに来てくれる。そんな彼らにとって月の電気代が500円、1,000円上がるということがどれだけ痛いのか、身をもって知りました。
岡崎 共感するなぁ。でも、コストとか安定供給を脇に置いて、とにかく再エネを増やしていくのが正義だという論調もありますよね。そういう人たちは調整力としての火力発電も、ベース電源としての原子力発電も認めない。
竹内 再エネ一神教、EV一神教、またそれらを一切認めようとしない一神教もある。でも一神教は解決策ではないんですね。世の中は0-100ではなく、いろいろな考え方が混ざりあい、全体として100%になるのが現実の社会ですから。
岡崎 カーボンニュートラルは人類が初めて直面する問題なので混乱が起こるのも当然ですが、そうはいっても理想ばかりを唱え現実を無視するのは得策とは思えません。竹内さんは毎年COP(締約国会議…Conference of the Parties)に参加されていますが、最近の動きで感じられることはありますか?
竹内 2023年のCOP28は移行期間の重要性への認識が示されたと思います。2016年にパリ協定が発効し、世界の目標がカーボンニュートラルになってから、CO2をゼロにする技術にばかりフォーカスがいきがちでした。でも前回のCOPで採択された文書は、省エネや低炭素技術なども評価していて。EVオンリーではなく、低炭素水素や低排出自動車も活用していくべきとの方針が示されました。
岡崎 昨年5月に開催された広島G7サミットも同様で、自動車に関する共同声明は「2030年までに2000年比で保有車両全体のCO2排出量を50%削減」というものでした。つまり、EVの普及率など特定の技術に限定した目標ではなく、手段はなんでもいいからとにかく結果を出しましょうと。極端な議論を経て、社会が徐々に現実的な方向に進んできたと感じます。
竹内 政府はいま、主要政策としてGX(グリーン・トランスフォーメーション)を掲げています。ここも発想の転換があると言えます。
岡崎 というと?
竹内 単にカーボンニュートラル=ゼロエミッションを掲げるだけでなく、移行を意味する「トランスフォーメーション」を強調しています。CO2削減が目的ではなく、むしろこれを転換点として経済成長することを目指しているのです。
岡崎 なるほど。補助金とか罰金のような飴と鞭もある程度は必要だと思うけれど、それだけでは持続的な取り組みになりませんからね。実際、日本の自動車業界はマスコミに「EV出遅れ」とか「ゆでガエル」と散々批判されてきましたけど、ハイブリッド車と軽自動車を中心に、きちんと利益を出しながら保有車全体のCO2排出量を過去20年間で23%減少させています。これに対しアメリカは9%増加し、ドイツも3%増加している。つまり日本は手段ではなく結果を見れば出遅れどころかトップランナーなんですよ。
竹内 そうなんですよね。
岡崎 とはいえ、さらに推進していくためには、クルマはクルマ業界、エネルギーはエネルギー業界、みたいな閉じた取り組みでは早晩限界を迎えると感じています。まるで自分の考えのように言ってますが、竹内さんの著書を読んで気付いたことなんですけどね(笑)。
竹内 ありがとうございます(笑)。2017年に「エネルギーの2050年 ユーティリティ3.0へのゲームチェンジ」という本を書きました。電気事業は、戦後の高度成長期を支えるのに適していた大規模独占集中型(ユーティリティ1.0)を経て、投資効率の極大化を狙った電力自由化(ユーティリティ2.0)へと変化してきましたが、冒頭にも出た電力の逼迫状態を考えると、このままでいいはずはありません。世界の共通認識となったカーボンニュートラルを目指しながら、安価で安定した電力供給を実現するにはどんな技術が必要で、それをどんな制度設計のもとでどう組み合わせ、どう運用するのが適切なのか。それらがうまく機能した新しい社会インフラがこの本で提唱したユーティリティ3.0です。
岡崎 その観点からいくと、クルマ、というかモビリティと言った方が適切かもしれませんが、両者の連携にはどんな可能性があるとお考えですか。
竹内 エネルギーは手段だと申しあげましたが、モビリティも多くの人にとっては同様だと思います。もちろん、趣味として特定のクルマに乗ること自体が顧客体験になっている場合もありますが、多くの場合はやはり移動の手段として捉えられていますよね。
岡崎 自動車雑誌的には違うと言いたいけど(笑)、一般的にはその通りです。
竹内 移動手段たる自動車が電気で走ろうが、水素で走ろうが、消費者からするとあまり関心は持てません。経済性や安全性、自分のライフスタイルにフィットする利便性を満たすことは大前提、その上で、カッコよさや新たな付加価値を提供してほしい。CO2は「結果的に減らせている」となるようにするのが産業側の責務だと思います。
岡崎 たしかに。僕らクルマ好きはどうしてもクルマとしての付加価値の話に重きを置きがちですが、エネルギー側から見るとEVは「タイヤのついたバッテリー」なんですよね。竹内さんがよく使うこのフレーズ、初めて聞いたときはえーー! って思ったけど、冷静に考えればそこにEVの本質的価値があるんだろうなと。
竹内 普通の家庭用の5日分の電力を賄えるような大容量バッテリーってわれわれからすると宝です。それを移動の手段としてだけ使う、しかも24時間のうち1~2時間しか使わないのはもったいなさすぎます。例えば、2019年に千葉で大規模な長期間停電があった際、EVやPHEVを大量に貸してくださり、停電地域の方々に電気を供給する手助けをしてくださった自動車会社さんがありました。
岡崎 かなり喜ばれたみたいですね。
竹内 EVは極めて高性能な最高スペックの電池を使っているので、それを電力供給に使うのは経済合理性が成り立ちづらい。でも、災害時はすごい価値を発揮しますし、今後コストをさらに下げたり、住宅と繋げるなど付加価値を増やしていくことで、いろいろな可能性が出てくると思っています。
2019年8月、関東で甚大な被害を出した台風15号。千葉県では広範囲に長時間に渡って停電が発生した。写真は停電の際、プリウスから電源をとる様子。
新型のプリウスPHEV(Z)では太陽光を効率よく電力に変換し、1年間でEV走行1,200km分に相当する電力を生み出す第2世代の「ソーラー発電システム(メーカーオプション)」を設定。高効率ソーラーパネルを車両ルーフに搭載し、充電スタンドがない駐車場や災害等で停電した場合でも、太陽光さえあれば充電ができる。ソーラーパネルで発電した電力は、駐車中は駆動用バッテリーへ充電する。また、普通充電時にパワースイッチをONにすると、外部電源の電力を利用し、エアコンやオーディオの使用も可能。エンジンをかけずに車内をもう1つの部屋として快適に活用することができる。
「EV給電モード」ではレジャーやアウトドア時にバッテリーに貯めた電力を外部に給電できるが、さらに「HEV給電モード」にすると停電や災害などの非常時にクルマを電源として使用できる。HEV給電モードでは、はじめはバッテリーのみで給電し、バッテリーが一定の残量を下回るとエンジンがかかり給電を継続。バッテリー満充電・ガソリン満タンの状態から約5日分(一般家庭が日常使用する電気量 1日当たり10kWh(1時間当たり400W)で換算)の電力が供給可能。給電用の装備として、室内への虫などの侵入や雨天での雨水の侵入を防ぐ外部給電アタッチメントが標準装備、ドアガラスを閉じたまま外部給電が可能。また、付属のヴィークルパワーコネクターを充電インレットに差し込むことで、100V/1,500Wの外部給電コンセントとしても活用できる。
岡崎 太陽光パネルの付いた住宅とEVの組み合わせなんて理想的ですよね。
竹内 はい。背景には日本全体の人口減少があります。これまでのように送電線を引いて電気を送るシステムを維持することがコスト面で非常に難しくなってきています。例えば、3,000人が住んでいた村が、徐々に住民が減り最後には1人のおばあちゃんが住むだけになったとします。その場合、送配電線の維持コストをかけるより、太陽光発電とバッテリーでやりくりして、緊急時には電気自動車が支援に行く方が、社会全体としてコスト負担が小さくて済みます。
岡崎 1+1を2とか3にするみたいな話がよくありますけど、これまではそもそも足すことすらしていなかった。それぞれの問題を各業界内だけで議論し解決する時代は終わろうとしているのかもしれませんね。
竹内 そう思います。異なる業界の人と話をし、教えを請うことが非常に価値あるものになる。物理的な意味での分散型エネルギーシステムを成立させるためには、逆にこれまで分散していた知恵を集約することが必要です。
岡崎 分散型システムという意味では、竹内さんの会社が八ヶ岳で行っているプロジェクト、あれは興味深い実証実験ですね。
竹内 来ていただきましたね。
岡崎 水もリサイクルし、発電・蓄電も自前で行うから、既存インフラに接続されていない。施設の外にはEVが1台あり、バッテリーとして使用していました。
竹内 究極的には、オフグリッドのインフラをパッケージ化したいと考えたんです。とはいえ、八ヶ岳の厳しい環境で1年間生活すれば、様々な課題も浮かび上がってきました。たとえば、雪が降って太陽光パネルが発電しなくなると3日目には電気が足りなくなる。これをバッテリーを増やすことで防ごうとすると、膨大な量が必要になりコストが跳ね上がります。
岡崎 コストが高いものは普及しませんからね。EVもそうですが、バッテリーを増やせばいいっていう乱暴な議論でことは前に進まない。
竹内 その通り。数時間の電力不足に対する対応策としては、まずは単純に我慢する。もしくは一時的に石油系のエネルギーで補うことなども選択肢に入れるべきです。100%再生エネルギーにすることに囚われすぎないことで、コストを抑えつつも快適な生活が可能になります。
岡崎 決して原理主義に傾かない。現実を常に踏まえた解決策を模索する。竹内さんのそういうところ、素敵です。
竹内 あら、お誉めいただきありがとうございます(笑)
岡崎 ところで、モビリティとエネルギーの連携という観点でいくと、例えば今日僕がEVでここに来ました。日中の電力が逼迫してます、だったら駐車場でビルに接続してバッテリーから電力を提供し、その対価として駐車料金が無料になるよというような仕組みがあれば、電力の平準化に貢献できるのではないか。もちろん、寄り道せずに帰宅して夜間に充電するのが前提ですが、そういうことができるようになればいいなと。
竹内 電力逼迫時に備えて電気を使うタイミングをずらす役割はいま、主に揚水発電が担っていますが、EVのユーザーさんが協力してくれたら大きな助けになります。ただ、現状ではそういう小規模な電力の取引を促進する仕組みがまだ十分に整備されていないんです。例えば、電力の売買には検定を受けたメーターが必要で、そのコストがかかる。98%の精度で十分、と社会が許容すれば簡単にできるはずで、そうした議論も進んでいます。
岡崎 なるほど。でも技術的に可能であるならぜひ進めて欲しい分野です。
竹内 規制を緩和し、インセンティブを提供する。善意に頼らずにマーケットメカニズムを構築することが、世の中を変える大きな力になると思います。善意に頼るだけでは、拡がらないですよね。
岡崎 さらに話題を進めると、僕は自動運転なんてそう簡単にはできないと考えているんですが、いつの日か実現したとき、モビリティとエネルギーの連携にもまた違ったフェーズが現れそうですね。
竹内 私の家には太陽光発電システムがあり、私が家にいない今も発電しています。電気が余っていれば、EVが自動でどこかに出かけて電気を売り、その後戻ってくるような「電気の配送業」のような未来が来るかもしれませんね。
岡崎 もしそうなれば、電力インフラに接続しないオフグリッドの分散型システムも現実味が増してきますね。ところで、竹内さんはU3イノベーションズというスタートアップを立ち上げましたが、エネルギー事業はスタートアップに厳しい業界のように思えます。
竹内 エネルギーは、規制なども複雑ですし、規模の経済が働きやすい。大規模に行うから安くできるわけです。加えて最初から100%を求められます。スタートアップは、最初は3割の成功率を5割、8割と徐々に高めていくものなので、最初から「100%成功しますよね?」と言われてしまうと参入が難しくなります。
岡崎 となると、大手企業にはできないことをやる、つまり役割分担が重要ですね。
竹内 生活者や企業の要望を細かく見てペインポイントや付加価値を見つけること、ゼロから1を作る部分などはスタートアップでなければできませんし、任せるべきだと思います。そして、1から10にする部分は両者が一緒に手を組んで行うべきです。皆がもっとオープンマインドになり、自分たちが足りない部分を他に求め、一緒にやろうと呼びかける姿勢があれば、きっと大きなコラボレーションが生まれるはずです。
岡崎 面白くなりそうですね。
竹内 はい。通信、モビリティ、エネルギーの三者が融合して新しい社会インフラを構築したら、面白いですよね。人間の血管や神経のように一体となる未来の社会インフラを、一緒に創っていきたいですね。
竹内純子/Sumiko Takeuchi
慶應義塾大学法学部法律学科卒業後、東京電力株式会社入社。2011年に退社後、複数のシンクタンク、大学の客員教授、政府委員等を務める。自然保護から再生可能エネルギーの普及政策、原子力事業のあり方まで、現実感・現場感のある政策提言を続けている。2018年、U3イノベーションズ合同会社を創設。国際環境経済研究所・理事/主席研究員の肩書も持つ。「電力崩壊 戦略なき国家のエネルギー敗戦」(日経BP)、「エネルギー産業2030への戦略 Utility3.0を実装する」(共著/日本経済新聞出版社)など著書多数。※エネルギー問題を知るには、竹内氏が出演されているPIVOT TALKをご覧ください。
岡崎五朗/Goro Okazaki
1966年 東京都生まれ
1989年 青山学院大学理工学部機械工学科卒
1989年 モータージャーナリスト活動開始
2009年より 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
2009年より 日本自動車ジャーナリスト協会理事
2009年より ワールド・カー・アワード選考委員
対談をまとめたのは▶黒木美珠
我々の生活に欠かせない存在でありながら、身近すぎてその重要性を忘れがちな「電気」。この対談を通じて、その大切さを改めて認識させられました。保存の効かない生鮮エネルギーであるがゆえに、社会でどう活用していくのか、今こそ真剣に考えるべき時期に差し掛かっているのだと。また、エネルギー問題にモビリティが融合することで、かつては夢のように思えたシステムが、近い将来現実のものとなるかもしれないという希望が胸に湧き立ちました。
Mijyu Kuroki
1996年生まれ。SuperGT観戦やS2000を所有する祖母とのドライブなどで幼少期からクルマに親しむ。YouTubeも開設しており90日連続車中泊の日本一周や試乗会での新車紹介などを配信している。目指すは「クルマの能力だけでなくその背景にある作り手の想いなども伝えられるジャーナリスト」。