クルマは移動の自由をつかさどる。
誰もができるだけ長く、安全に運転できることは単に便利さを享受できるというだけでなく、人の幸せにも直結する。それは高齢化社会の日本の未来を救うことにもつながるだろう。
AIアシスタントで事故の予防安全に挑む[対談]岡崎五朗×三野龍太
まとめ・西川昇吾/写真・長谷川徹<
完全自動運転が実現すれば劇的に交通事故は減るだろうと言われているがそれはまだはるか先のこと。『ピレニードライブ』はより現実的なソリューションとして、事故の原因となるヒューマンエラーに着目しAIによる事故の予防安全を目指している。
交通事故で苦しむのは被害者本人だけではない
岡崎 今回は運転をサポートしてくれるAIアシスタント『ピレニードライブ』を開発している株式会社ピレニーの三野龍太さんにお話を聞きたいと思います。まず最初に、なぜ現在のようなビジネスを始めたんですか?
三野 僕はもともと製品開発が大好きなんです。最初はビルの空調工事現場で使うようなB to B向けの開発を10年くらいやってました。その後は独立してインテリアショップで売るような文具やタブレット用のスタンド、ペット用品などを個人事業のような形で開発していました。そうやって過ごしている中で、自分が働ける残り時間で一番作りがいのある製品を作りたいと常に思っていたんです。じゃあ何が一番作りがいがあるか? と考えたときに、人の命を守ったり人生を守ったり、そういうことが出来たらすごくやりがい、作りがいがあるんじゃないかと思ったんです。
岡崎 自動車の安全性が高まってきて、亡くなる人が減ったとは言え、交通事故という問題が解決したとは言えないですよね。実際に事故にあった人、そしてその家族や友人、知人を含めたら多くの人が被害にあっている。交通事故は、被害者は当然ながら加害者になっても辛いですよね。
三野 交通事故はそうですよね。強盗や詐欺などといった犯罪とは違って、過失はあっても故意で事故を起こしてしまう人はほとんどいないはずです。それでも人を傷つけたり場合によっては命を奪ってしまうことで、被害者は勿論ですが加害者側の家族や知人も悲しい思いをする。僕も日々自分で運転しますし、家族もいますから他人事ではありません。
岡崎 でも三野さんがこれまで作ってきた製品と比べると、色んな意味で物凄くハードルが高いですよね。AIを使ったドライバーアシスタントという理想は分かるんですけど、これを現実に持ってくるまでどんなステップを踏んだんですか?
三野 僕は、製品開発は基本的に同じだと思っています。製品の企画をして目標に向かってチームを引っ張っていくのが僕の役割です。エンジニアやデザイナーなど製品開発に参加するメンバーを探して製品開発を行う。参加するメンバーや職種が変わるだけで基本は同じです。確かに今までよりも技術と規模のレベルは大きくなりますが、できるはずだと思って今日まで来ました。ただ今までの個人事業と同じ規模感や人数、資金力ではとても到達できません。そこでスタートアップという形で株式会社ピレニーを設立して、製品発売前から出資を受け、製品開発をしていくステップを踏んでいます。
AIアシスタントで描く現実的な運転サポート
岡崎 交通事故はそうですよね。強盗や詐欺などといった犯罪とは違って、過失はあっても故意で事故を起こしてしまう人はほとんどいないはずです。それでも人を傷つけたり場合によっては命を奪ってしまうことで、被害者は勿論ですが加害者側の家族や知人も悲しい思いをする。僕も日々自分で運転しますし、家族もいますから他人事ではありません。
三野 僕は、製品開発は基本的に同じだと思っています。製品の企画をして目標に向かってチームを引っ張っていくのが僕の役割です。エンジニアやデザイナーなど製品開発に参加するメンバーを探して製品開発を行う。参加するメンバーや職種が変わるだけで基本は同じです。確かに今までよりも技術と規模のレベルは大きくなりますが、できるはずだと思って今日まで来ました。ただ今までの個人事業と同じ規模感や人数、資金力ではとても到達できません。そこでスタートアップという形で株式会社ピレニーを設立して、製品発売前から出資を受け、製品開発をしていくステップを踏んでいます。
ピレニードライブはカメラや多数のセンサーから得た情報を基に、ドライバーをアシストする後付けのAIアシスタントで、あらゆる車両で使用することが出来る。AIが衝突の危険があると判断したときに声で警告してくれるのはもちろん、居眠りの注意喚起もしてくれる。またナビゲーション機能に加え、ドライバーとの対話も行ってくれる。個体ごと個別のIDがありドライバーの好みに合わせて学習する。ユーザー独自のニックネームを付けることもできるから、まさにドライバーの相棒となるアシスタントだ。
AIアシスタントで描く現実的な運転サポート
岡崎 今、運転をサポートすることに関して言えば、『完全自動運転』などと銘打って大風呂敷を広げた企業の方が、メディアにも注目されて資金も集まりやすい状況にあります。そんな中で、現実的な状況に一番近いソリューションを考えているのが三野さんたちの取り組みだと思うんです。正直やっていることは地味に映りますが、でも地味ということは凄く現実に近いということでもあって、僕はそこが一番素晴らしいと思っているんです。
三野 交通事故について調べてみると、最も多い事故原因はヒューマンエラーであると分かったので、それならクルマの制御ではなくて、事故原因である人に対してアシストするべきだと思いつきました。人に対してのアシストならばクルマに内蔵する必要はないですし、後付けできるものならば全てのクルマに使える。またシステムをアップデートすれば常に最新の状態で使うことができる。これしかないと思いました。
岡崎 僕、三野さんがどこかのメディアで言っていたことが凄く印象的で、『完全自動運転なんてまだまだ遥か先、出来たとしても数十年後』っておっしゃっていたんです。僕も全く同じ認識です。完全自動運転が出来ないからドライバーアシスタントに舵を切る、そして運転支援システムの技術を使って事故を減らす。これがかなり現実的だし、効果が出せるものだと思います。これだったら例えば、レンタカーにも付けられますよね?
三野 はい。今、クルマに取り付けるマウンターも開発しています。これが出来ればあらゆるクルマに自由に取り付けられるようになるので、レンタカーやカーシェアなど、自分の所有しているクルマ以外の車両で使用することも可能です。
運転支援システムとピレニードライブ
岡崎 あと凄いと思ったのが、AIを使った高度な処理をしているのに、12Vのシガーソケットで作動すること。自動運転のシステムって重いものだと2kWとか使うことを考えると、これは相当省電力ですよね。ソフトウェアとハードウェア両方のアプローチでできたんですか?
三野 そうですね、後付けのアフターマーケット製品としては相当強力なGPUを使っていますが、自動運転系のGPUに比べたら小規模です。消費電力としては1/20くらいです。その中で物体認識を強力に行う、そしてその先の危険予測もディープラーニングを使って強力に行うことを実現するのが技術的に一番大変でした。
岡崎 先ほど試乗車に乗せてもらったけど、交差点でたくさんの人を全部認識していたし、小さな子供たちもしっかりと捉えていて、驚きました。チームに相当優秀なエンジニアの方がいらっしゃるんじゃないですか?
三野 はい。AIが得意なエンジニアがいます。チームメンバーは社内だけでなく、社外にもAIディープラーニングに強いパートナー会社があったり、腕利きのフリーランスの方もいます。そこで皆でああでもないこうでもない、これをやってみたけどダメだったというのを繰り返してきました。今、会社が立ち上がって8年目ですが、当初の想定の2倍の時間がかかりました。実は最初はAIを使わずに、交通事故の原因であるヒューマンエラーをアルゴリズムベースで検知してドライバーに知らせるアプローチを取っていたんです。でも3~4年近く経過してようやく試作機が完成して試験してみたら惨憺たる結果でした。この延長線上にわれわれが求めるものは無いなと思ってAIを本格的に取り入れて、AIアシスタントにする方向に舵を切ったんです。
岡崎 なるほど。決して順風満帆というわけではなかったんですね。ただ1つ気になることがあって、今、新車だとサポカー(*)で運転支援システムが標準化されてきていますよね。そうすると新車にピレニードライブは必要ないんじゃないかと…。
*セーフティ・サポートカーの略称。自動ブレーキなどの先進安全技術を活用した一定の運転支援機能えお備えたクルマを言う。
三野 新車のサポカーでも間違いなくあった方が良いと思っています。運転支援システムがあっても、衝突被害軽減ブレーキなどが作動しないケースというのは残念ながらあるんです。もちろん運転支援システムによって防げた事故、防げる事故もたくさんありますから、運転支援システムはあった方がいいです。下の図を見ていただくと分かりやすいのですが、事故を3段階に分けると、ピレニードライブは事故の第1段階である原因発生に対して作用します。運転支援システムが介入するのはその後なんですね。実際の交通環境は人やクルマがそれぞれの意思で動いていて本当に複雑なのですが、それに対応するにはAIが適している。それどころかAIじゃないと幅広いシチュエーションに対応するのは無理じゃないかとさえ思っています。
岡崎 なるほど、確かに自動ブレーキには意図しない急制動(ファントムブレーキ)という問題があって、それを回避するために作動する状況が限定的になりがち。その点、ブレーキと連動しないピレニードライブは、AIの活用と相まってより多くの状況に対応できるんですね。
ピレニードライブはユーザーの現実的な選択肢
岡崎 ピレニードライブならば古いクルマにも取り付けられる点も良いですね。地方に高齢の親御さんがいて、免許を返納しろなんて生活環境を考えたら簡単に言えない。でもサポカーなど最新のクルマに乗り換えるとなると何百万という話になる。ピレニードライブなら現実的な価格だと思うし、現役で運転する親へのプレゼントとしても良いですよね。
三野 それ凄くイイですね! そういう製品にしたいと思っています。今、高齢者の免許返納問題は深刻ですが、闇雲に『何歳になったから返納すべき』というのはどうかなと。
岡崎 僕も100%同意です。運転寿命を長くすれば健康寿命も長くなる。その人の幸せにも直結するし、地方の移動問題の観点から見ても凄く意義があるアイテムだと思います。
三野 プレゼントした子供の側からもスマホアプリなどで見えるようにして、元気に走っているなとか、いろんなところに行っているなとか。あとクルマに乗ったら子供や孫からのボイスメッセージが流れたりするとか、そういった機能も入れていきたいですね。
岡崎 ピレニードライブは語り口調が砕けていて親しみを感じますが、何か狙いがあるんですか?
三野 人の相棒になるようなAIを作りたいというのがもう1つのテーマなんです。人間の代わりじゃなくて人間のパートナーになるものを作りたいんです。のび太君に対するドラえもんみたいな存在を目指してますね。このAIアシスタントは、安全に関する部分はしっかりとサポートしますが、優秀というよりは、まだまだ頑張っている途中の人間味あるキャラなので、より可愛げのある男の子の声を採用しています。
岡崎 近い将来、製品化の予定とのことですが、クリアしなければいけない課題はありますか?
三野 大きなものの1つは熱ですね。クルマのダッシュボードに置くので暑さや振動に耐えられる必要があります。そして資金調達です。これまでもスタートアップとして資金調達をしてきましたが、発売までにはこれまでの3~4倍の資金調達が必要です。そのためには製品のことをもっと知ってもらう必要がありますから、今はそのためのPR活動の準備などをしているところです。
岡崎 まだまだ簡単な道のりではないかもしれませんが、発売される日を楽しみにしています。
三野 はい。ありがとうございます。
三野龍太/Ryuta Mino
株式会社Pyrenee代表取締役。1978年生まれ、東京都出身。建築工具メーカーで製品開発を経験した後、独立して雑貨メーカーを立ち上げデザイン、生産、販売を行う。本当に人生を賭けるべきモノ作りとは何かを考えた結果、人の命を守る楽しい製品との答えに行き着き、2016年にPyreneeを立ち上げ最初の製品となるPyrenee Driveを発売するべくメンバーとともに製品開発にとり組んでいる。
岡崎五朗/Goro Okazaki
1966年 東京都生まれ
1989年 青山学院大学理工学部機械工学科卒
1989年 モータージャーナリスト活動開始
2009年より 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
2009年より 日本自動車ジャーナリスト協会理事
2009年より ワールド・カー・アワード選考委員
対談をまとめたのは▶西川昇吾/Shogo Nishikawa
近年運転支援システムの開発や進化は自動車に関するホットな話題の1つだ。どれだけ精度が高まったとか、どこまでクルマに任せられるようになったとか人間が楽になる進化が話題に上がる。しかし、今回の取材でこれらのシステムが目指す本来の目的を思い出した。それは運転を楽にすることではなく、事故を無くすことだ。交通事故を無くすことは運転支援システムだけじゃない。今回の取材で改めて交通の課題と、これから目指すべき目標に気づくことができた。
1997年生まれ、大学時代から自動車ライターとしての活動をスタート。現在はWEB・紙の各種媒体で様々なジャンルの記事を執筆している。愛車のマツダ・ロードスターで定期的にサーキット走行しつつ、昨年からは自身でモータースポーツにも参戦し、ドラテクの鍛錬も忘れない、目指すは「書けて、喋れて、走れるモータージャーナリスト」。