自動車業界の変化の時期と言われる現在、自動車メディアも大きく変わろうとしている。
若者がクルマを好きなことが当たり前だった時代は終わり、若者のクルマ離れが叫ばれるようになって20年近く経過した。そして自動車ジャーナリストの高齢化が進む中で、自動車メディアは、どのように変わっていくべきなのか。前回の20代編に続き、今回は中堅となりつつある30代の編集者に岡崎五朗が話を聞いた。
鼎談:モータージャーナリスト 岡崎五朗×LE VOLANT 編集部 浅石祐介×carview!/みんカラ 橋本隆志
まとめ・伊丹孝裕 写真・神谷朋公
紙雑誌vsウェブではない時代
岡崎五朗(以下、岡崎) 『次世代ジャーナリストを探せ』と銘打った鼎談企画として、前回は20代の若手に登場してもらった。今回はその第2弾として、30代の編集者を迎えてお届けしたい。
橋本隆志(以下、橋本) LINEヤフー株式会社で『carview!(カービュー)』と『みんカラ』を担当しています。よろしくお願いします。
浅石祐介(以下、浅石) ドイツ車を中心とした雑誌『LE VOLANT(ル・ボラン)』(株式会社ネコ・パブリッシング)で編集をしています。よろしくお願いします。
岡崎 『カービュー』は、ウェブ媒体そのものがまだ少なかった頃に立ち上げられ、最初は苦労があったと思う。でも、最近は紙媒体が苦戦しているのは明らか。そのあたりはどう捉えている?
橋本 この業界に入ったのは10年ほど前ですが、当時からすでに「紙は厳しい」という声はありました。ただ、それこそ『ル・ボラン』さんのように、認知されている紙媒体は本当に強い。確かにウェブ媒体は急速に伸びましたが、爆発的かといえばそうでもなく、そうこうしている内にSNSを介しての発信やユーチューブなどの動画系コンテンツの勢いがすごくなった。紙雑誌vsウェブみたいな捉え方だけでは、ダメな気がします。
岡崎 30代で危機感を覚えているってことだ。周囲を見渡すと、モータージャーナリストのほとんどが50歳を超えていて、若くて40代でしょ。あなた達からは、どんな風に見えているの?
橋本 今、35歳なんですが、最初は別の媒体にアルバイトとして入ったんです。その時から試乗会や発表会に参加する機会があったものの、周りは本当に大ベテランの方々ばかりで、自分が大人の世界に放り込まれた幼稚園児のように感じたほどです。
岡崎 浅石さんも同世代?
浅石 僕は今年で32歳になります。まったく別の業種から転職して入りました。最初は同じネコ・パブリッシングの『カーマガジン』からスタートして、その後『ティーポ』を経て、『ル・ボラン』へ配属されました。業界自体は4年目になります。
岡崎 それぞれどうやって、今の職に着いたの?
橋本 最初のきっかけは、ネットで見つけた募集要項でした。ただ、それはたまたまで、こういう仕事に就きたいと思っても、どこで募集しているのか、そもそも募集があるのか、何を足掛かりにしていいのかという分かりにくさはありますね。ブラックボックスのようなイメージで、二の足を踏む若者は多いような気がします。
浅石 僕もネット検索で編集スタッフの募集を知り、それもまったくの偶然でした。
好きなクルマを仕事にするということ>
岡崎 どの編集部も共通の悩みを抱えていて、それが人材不足。若手だから特に歓迎されたんじゃないかな。
浅石 やっと来たか! これでうちの編集部は安泰だ、みたいな空気はすごくありました。
岡崎 紙媒体は特にそうだよね。みんなで大切に育てていこうっていう雰囲気が強い。その点、ウェブはどうなんだろう。LINEヤフーには色々な部門があるけれど、自動車関連のコンテンツの人気は高い?
橋本 会社自体がいわゆるIT系なので、クルマ好きが高じて最初から『カービュー』を志望する人もいれば、ITエンジニア志望の人もいて、多種多様です。いずれにしても比較的、若い世代が多い方だと思います。
岡崎 そういう意味では、橋本さんは生粋のクルマ好きだよね。
橋本 最初の記憶がクルマの絵を描いていることだったり、テレビでレースを観ていたことなので、もうずっとですね。そのまま成長して、ごく自然にここへ辿り着きました。
浅石 僕も同じです。物心ついた時からクルマのことばかりで、ひまさえあれば絵を描いたり、ミニカーを集めたりしていました。
岡崎 仕事と趣味は分けた方がいいという人と、好きなことが仕事になって最高という人がいるけど、ふたりは完全に後者だね。
橋本 四六時中クルマのことばかり考えてたら、それが仕事になって、なおさらクルマばかりになったので、ずっと楽しい時間です。趣味にしても仕事にしても、プラスにしかならないので最高です。
浅石 子どもの頃からクルマの話しかしないと親に言われていて、今の環境はまさに天国であり、本望と言えます。
岡崎 橋本さんとは、この鼎談の直前に開催されたロードスターの試乗会で会ったよね。「ロードスターオーナーとして、今回の改良は、悔しいと思うくらい良くなってました」って言っていて、その時の熱のこもり方や表情がすごくよかった。
橋本 この仕事って、朝早いことが珍しくないじゃないですか。でも、ニューモデルに誰よりも早く乗れるんですから、むしろモチベーションはあがります。
岡崎 浅石さんの場合は、媒体の特性上、とんでもなくプレミアムなクルマを扱うことが多いんじゃない?
浅石 実は今朝も撮影があって、ポルシェの911ダカールとGT3RSに乗りました。そういうクルマを間近に見て、乗って、話を聞けたりするのは、やはり役得だと思います。
クルマ媒体の現在
岡崎 クルマの仕事には、メーカーに入るとか、ショップに勤めるとか色々な道があるよね。その中でメディアを選んだのはどうしてなの?
橋本 大学ではプロダクトデザインを学んでいて、その頃はカーデザイナーを目指していました。でも、スタイリングにこだわらず、メーカーのしばりもなく、クルマすべてに幅広く関わりたいと考えてメディアの道を選択したんです。
岡崎 しかしクルマ好きが多い世代ではないよね?
橋本 そうですね。ただ僕が子供の頃は家にクルマがなかったんです。どこかへ行く時は親がレンタカーを借りてくるという環境だったので、クルマは特別な存在でした。なので余計にクルマに憧れを感じてたんです。
浅石 僕が通っていた大学にもプロダクト系の学科があり、そこにはやはりデザイナー志望者が多かった。そこで元々のクルマ好きに火がつき、イラストをネットで公開するようになりました。イラストを描くということは、自分なりにそのクルマを咀嚼するということですから、編集者としての仕事にも活きている気がします。
岡崎 楽しんでいる感じがとてもいいね。辛いこともある?
橋本 編集部って、徹夜続きみたいなイメージがあると思うのですが、うちはベースがIT系なので労務管理はしっかりしています。勢いがつきすぎることがあれば、適切な勤務状況になるように調整していきます。
岡崎 一方で、紙媒体の世界は今もそれなりに拘束時間が長そうだけど。
浅石 会社に泊まった日数自慢みたいなのをよく聞きましたが、さすがに最近は変化しています。みなさん、もういい歳になっていて、そもそも無理が利かない。編集部内には、自然と「もう帰ろうよ」という空気が漂い始めますから、それほど過酷ではないです。
岡崎 でも自分の都合で動けないことも多いでしょ。時間や締切を守らないライターに対しては、どうしているの?
浅石 鬼電です。今のところ、それでページが飛んだことはなく、なんとかなっています。
岡崎 月刊誌の場合は、企画を仕込む週、取材を詰め込む週、入稿する週というように、ある程度一定の流れや緩急があるけれど、良くも悪くもウェブにはそれがない。
橋本 締切の感覚が紙媒体ほど強くないのは事実です。言い換えると、いくらでも書いて、いつでも発信できる環境なので、ある意味エンドレスですね。
岡崎 それを活かした即時性に、ウェブの大きなメリットがある。その点では、紙に勝ち目はないわけだけど、『ル・ボラン』としてはどう対抗しているの?
浅石 うちの強みのひとつは複数台比較の企画で、独自の切り口を通して、きめ細やかな情報を読者に届けられる点にあります。もちろん、それ自体はウェブでも可能ですが、紙として手元に残り、時間が経過しても色褪せない普遍性があることを意識しています。
岡崎 優劣ではなくて、紙とウェブでは役割が違う。たとえば、中古車雑誌を読んだりすると、当初の目的からどんどんずれていって、あっちもいい、こんなのがあるんだって翻弄される感じが楽しい。逆にウェブだと、ピンポイントで情報を集められる便利さがあるしね。
橋本 僕もその手の雑誌は大好きで、偶然の出会いや発見にわくわくしています。
クルマ媒体の金銭事情
岡崎 ふたりは自分で原稿を書くこともあると思うけど、最初に記事になった時はどうだった?
浅石 自分の言葉が誌面上にレイアウトされ、それが印刷所を通って、日本中に届く。それはとても感慨深い経験で、ついにここまできたか、みたいな感動がありました。
橋本 ウェブだとクリックひとつで公開になりますが、最初はちょっと震えました。記事のURLを即行で親に送ったんですけど、それでようやく、僕がどんな仕事をしているのかが、分かったんじゃないでしょうか。
岡崎 ふたりともすでに色々なキャリアを積んで、今30代。これから先、メディアの中でやっていくのか、フリーランスを目指すのか、なにか展望はある?
橋本 クルマにまつわる多くの事柄に関われている今、すぐにどうこうはないですが、クルマもそれを取り巻く環境も大きく変わってきているのは事実です。今後もし、自分のやりたい方向で携われないようであれば、あらためて考えることになると思います。
浅石 僕はクルマ好きであるのと同時に、紙媒体が好きで雑誌の世界へ入りました。ビジネスとしては厳しさがある反面、決してその役割がなくなることはないとも信じているので、スタンスはどうあれ、価値あるものを送り届ける側にいたいと考えています。
橋本 メディアの内側がブラックボックスに見えた以上に、フリーランスの実態はさらに分からないのが正直なところです。どういう仕事があるのか、それで稼げるのか、やりがいはどうなのかとか。
岡崎 やりがいは確かに重要だけど、なんの補償もないフリーランスは、それに見合う対価がなければやっていけない。ただし、今はメディア側に潤沢なお金がないというのも現実で、そこで働くにしても、フリーランスとして関わるにしても、決して華やかには見えない。若者が遠巻きに見ている理由もそこにあって、ちゃんとビジネスを成り立たせて、然るべきギャラが発生する業界にしたいよね。
橋本 興味はあっても、稼げない上に辛いばかりだと、わざわざ飛び込む理由がありませんからね。
クルマメディアに興味のある人へ
岡崎 メディア側がまずきちんと稼ぐという意味では、ウェブの場合、PV(ページビュー)が今も重要な柱のひとつ。PV数を取りにいくか、クオリティを大切にするかの葛藤があるんじゃないかな。
橋本 おっしゃる通りです。時間もコストも掛けたのにまったく無反応なこともあれば、速報的にサラサラッとその場で仕上げた記事が驚くほどハネたりして、本当に読めない。だからといって、手軽なものばかりではダメで、数字を狙う記事と手間暇を惜しまない記事の折り合いをつけ、バランスよく進めることで媒体としての厚みが出るのかなと。
岡崎 良質な記事を残すためにも、派手でキャッチーな記事が必要なことはたしかだね。紙雑誌をやっていると、ウェブに対して思うところもあるんじゃない?
浅石 ウェブの人を目の前にして、やや言い難いのですが、見出し一本釣りみたいな中身のない記事や媒体が乱立している感は否めません。読者が直接お金を払って購入してくれる雑誌の場合は、それだと印刷代を棄てるようなものですから、今後はさらに棲み分けが進んでいくのかもしれません。
岡崎 では最後に、クルマメディアに興味のある人、迷っている人に、なにかひと言送ってあげられるかな。
橋本 やはり、若さって他に代え難い武器だと思います。一度飛び込んでみて、もしも合わなければ出ればいいだけですし、きっとこの世界でしか得られない歓びもあるので、どんどん挑戦してほしいです。
浅石 ニューモデルはもちろん、時には開発中のプロトタイプに乗れたりと、クルマ好きならこれほど刺激的な仕事はありません。若者はそれだけで大事にしてもらえる業界でもあるので、ぜひ待ってます。
岡崎 楽しそうに取り組んでいるふたりを知って、「自分もやってみたい」と思ってくれた読者がいるんじゃないかな。今回はありがとうございました。
岡崎五朗/Goro Okazaki
1966年 東京都生まれ
1989年 青山学院大学理工学部機械工学科卒
1989年 モータージャーナリスト活動開始
2009年より 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
2009年より 日本自動車ジャーナリスト協会理事
2009年より ワールド・カー・アワード選考委員
浅石祐介 /Yusuke Asaishi
1991年生まれの32歳。2020年にカー・マガジン編集部に採用され、この業界へ足を踏み入れる。その後ティーポ編集部を経て、現在のル・ボラン/カーズミートWEB編集部員に。主にル・ボラン本誌の編集作業を担当。好きなクルマのジャンルは80~90年代あたりのヤングタイマー&ネオクラ世代。現在は2000年式のプジョー106 S16と、1990年式ホンダ・インテグラXSiを所有。
橋本隆志/Takashi Hashimoto
宮城県出身、35歳。大学時代はプロダクトデザインを専攻する傍ら、自動車系ニュースサイトで学生記者としてアルバイト。卒業後は(株)カービュー(現:LINEヤフー(株))に入社し、広告営業を経験した後に編集部へと異動。多くの人にクルマの楽しさを伝えるべく、carview!/みんカラの記事・コンテンツ制作に携わる。愛車のマツダ「ロードスター」でサーキット走行にも興じる傍ら、バイクを3台所有する無類の乗り物好き。