鼎談:岡崎五朗 VS 仮屋栄祐 VS 兵頭倫果
まとめ・伊丹孝裕 写真・神谷朋公
モータースポーツに関わりたい!
岡崎五朗(以下、岡崎) 今回の鼎談企画は、メディアに関わるふたりの若手を迎えてお届けしたい。ひとりは、自動車雑誌の編集部に所属している仮屋栄祐さん(24歳)。もうひとりは、動画サイトを中心にフリーランスとして活動している兵頭倫果さん(25歳)に来て頂いた。
仮屋栄祐(以下、仮屋) 2023年8月からモータースポーツ専門誌『オートスポーツ』(株式会社三栄)の編集をしています。よろしくお願いします。
兵頭倫果(以下、兵頭) 自動車メーカーの勤務経験を経て、現在はモータージャーナリストの勉強を始めて2年目になります。よろしくお願いします。
岡崎 今回、おふたりをお呼びしたのには理由があって、我々の業界は今、若手の人材不足という大きな危機に瀕している。特にフリーランスは30代がほぼいなくて、40代がちらほら。それ以外は、50~60代がほとんどという状態で、 こういう年代構成の業界は、大体滅びていく。だからこそ、若い人にはどんどん活躍してほしいんだけど、そもそも今の仕事を始めるきっかけはなんだったの?
仮屋 子どもの頃からレースが大好きで、なんらかの形で関わりたいとは思ってましたが、エンジニアにしてもメカニックにしても理系のイメージが強い。僕自身は大学で英語学を専攻していたため、正直厳しいかなと。ただし、文章の仕事ならなにかできるかもしれないと考えて、雑誌の道を目指すことにしました。
岡崎 クルマ関連の雑誌は、人材募集をかけてもほとんど集まらないと聞くけど、仮屋さんの入社希望は編集部をざわつかせたんじゃない?
仮屋 確かに驚かれました。面接の時には、なぜモータースポーツに興味を持ったのか、若い世代にはレースがどう映っているのかなど、いろいろ聞かれました。
岡崎 近年は雑誌離れが進み、斜陽なイメージが少なからずあるけど、それでもこの業界に飛び込んだんだ。
仮屋 モータースポーツの魅力を自分で発信したいと考えました。当然苦労もすると思いましたが、それ以上の魅力があるように感じられて。周囲も本当に好きなことならと背中を押してくれました。
岡崎 記事の企画はもう担当しているの?
仮屋 少しずつですが編集だけでなく、取材したり、原稿を書いたりもしています。
岡崎 自分の原稿が、記事になって誌面に載るのって嬉しいよね。初めての時は何度も読んだんじゃないかな。
仮屋 はい。記念に何冊かとっておくつもりです。
動画発信と雑誌の違い
岡崎 兵頭さんのことは、動画で知っていたよ。僕の同業で親交のある、河口まなぶのYouTubeチャンネル『ラブカーズ!TV』で見たのが最初。彼からは、弟子入り志願だったって聞いてるけど、本当なの?
兵頭 はい。ツイッター(当時)のダイレクトメッセージを通して、「モータージャーナリストの勉強をさせてください。一度だけでも話を聞いてください」と連絡して、その返事を頂いたのがきっかけです。
岡崎 それまでは、スバルに勤めていたんだよね。
兵頭 工学系の大学で電気や電子の分野を専攻していて、スバルではエンジニアとして働いていたのですが、クルマのことを伝える仕事に魅力を感じて、転身することにしました。
岡崎 大会社に就職して、いわば安定があったのに、そこを辞めたばかりか、フリーランスの道を選んだわけだ。相当勇気が必要だったと思うんだけど。
兵頭 まだ25歳ですけど、これまでで一番大きな決断でした。スバルにいれば、生活はもちろん、様々な保障や福利厚生も充実していたわけですが、自分の人生なんだから好きにやってみようと。もちろん、技術職にはやりがいを感じていましたし、辞める時は本当に悲しかったものの、挑戦してダメだったらしょうがない。でも、きっと自分には向いていると信じて、思い切りました。
岡崎 『ラブカーズ!TV』への出演だけじゃなくて、自分のチャンネルも持っているんだよね?
兵頭 持ってはいますが、まだ基礎がしっかりしていないので、河口さんの元で勉強させてもらいながら、徐々に自身のメディアも充実させていくつもりです。映像ならではのリアルな表情や、その場の空気を伝えていきたいんです。
岡崎 すでに多くのクルマ系YouTubeチャンネルがある中で独自の方向性やスタイルは考えている?
兵頭 たとえば、雑誌ってその分野に興味があるから手に取るものですよね。だからこそ、専門性が活きるメディアなんだと思いますが、動画の場合は、興味がなくてもなにかの拍子におすすめされたり、たまたま目にしたりと、受け皿が広い。マニアックな内容も大切にしつつ、普通の人を置き去りにしないコンテンツを作りたいんです。
雑誌ならではの深掘りできる臨場感
岡崎 一方、雑誌の中でもレース系は特に専門性が高い。読む人は深く入っていくけど、そうじゃない人はまったく知らない世界。仮屋さんは、そのあたりをどう考えているの?
仮屋 モータースポーツの魅力は、スピードや音を含めた非日常性にあります。レースの場合は、なんといってもサーキットに足を運んで頂きたいのですが、ハードルが低くないことも承知しています。僕がまずできることは、文章や写真で「こんなすごい世界があるんだ」と知ってもらい、それを支える人に重きを置いた記事を届けていきたいです。
岡崎 確かに『オートスポーツ』を含めた専門誌は、ドライバーやメカニックの内面に迫っている印象がある。一方で、それがテレビやネットになると「優勝は○○でした」っていう結果だけの報道で済まされることが多い。文字の情報量と写真の臨場感が上手く組み合わさると、モータースポーツには大きな可能性がある。
仮屋 本当にそう思います。現場で取材していると、リザルトには表れないドラマが本当に色濃いんです。誰が勝っても負けても、人の数だけ物語や背景があり、それを僕らがどうすくい上げるかによって、まったく違う側面に光を当てられるはずなんです。
岡崎 ネットフリックスがF1を扱うようになり、これまで人気が定着しなかったアメリカで今はものすごくF1が盛り上がっている。あれがまさに、人間模様にフォーカスした手法だったよね。
仮屋 モータースポーツの中心にクルマがあるのは間違いないんですが、それを作り、走らせ、勝負するのはエンジニアであり、メカニックであり、ドライバーです。その構図を独自の目線で切り取り、伝えていきたいです。
岡崎 学生の頃は雑誌の一読者だったわけでしょ。 実際に中へ入ってみてどう?
仮屋 やはり、戦っている人の生の声ってすごいです。雑誌を読んでいた時も熱量を感じていましたが想像以上でした。最前線で走るドライバーの内面には驚かされることが多く、響いてくるものがたくさんあります。
岡崎 編集スタッフは全員先輩であり、年上でもあると思うけど、みっちり教育を受けている感じ?
仮屋 メディアに携わる者として教えてもらったのは、距離感ですね。相手のキャラクターや場の雰囲気にもよりますが、まずは自分をさらけ出すことが必要なんだなと。取材には堅苦しいイメージを持っていましたし、もちろん緊張感を忘れてはいけませんが、一歩踏み込まないと見えないものがある。それが少しわかってきました。
若い人の入り口が見えない
岡崎 冒頭、若手の人材不足を危機だと言ったけど、それをただ嘆いているのは我々の世代であって、今回のふたり以外にも情熱を持っている人がたくさんいると思う。大学生や高校生のメディア志望者が入ってきやすくするには、どうしたらいいんだろう?
兵頭 私自身がそうだったんですが、業界の中の見えづらさが躊躇を招いているのかもしれませんね。この業界の環境や情報がもっと知られることが大切だと思います。
岡崎 兵頭さんはそれを乗り越えて来たんだけど、僕たちの世代に直接アクションを起こそうとしても、おそらく壁があると思うんだ。でも、兵頭さんみたいな人が出てきたことは若い人にとって参考になったんじゃないかな。
兵頭 だといいですね。親しみやすさは意識していたいです。
岡崎 ところで、フリーランスで心配なのが、果たして生活が成り立つのかってことだと思う。
兵頭 一人暮らしをして、クルマを維持するくらいはなんとか。会社員時代と違い、仕事がないと即食べられないことに直結しますから、ハングリー精神はかなり鍛えられました。
岡崎 それは僕らも同じ。ひまだなと感じる日が多いと、その時は楽なんだけど、翌々月くらいの振込額がきっちり少なくて、結構慌てることになる。一方、会社に勤めている仮屋さんは、将来の展望をどう考えているの? 編集長や社長を目指すとか、いつか独立して、世界を股にかけてやっていきたいとか。
仮屋 今のところ、編集者としてやっていきたいと考えています。雑誌は文や写真、デザインなどをすべて合算して読者に伝える仕事ですから、まずはそれを突き詰めたい。紙媒体が、この先メディア全体の中でどうなっていくのかはわかりませんが、価値あるものを作り続け、そこに楽しさを見出していきたいです。
岡崎 兵頭さんはフリーランスで動画に軸足があり、仮屋さんは会社員で誌面が中心。お互い立場も職種も違うけど、仲間やライバルが増えるといいよね。
兵頭 そもそも女性が少ないですし、同世代もそうです。私自身刺激になるし、やる気も違ってくるでしょうから、たくさん入ってきてほしいです。
仮屋 切磋琢磨しつつ、情報共有も必要な世界なので、相談できる仲間がいるとありがたいですね。
これからのモータージャーナリスト
兵頭 岡崎さんは、フリーランスのモータージャーナリストとして大先輩に当たるわけですが、この手の仕事は遠くない将来に無くなると言う人もいて、正直不安もあります。そのあたりはどう考えていらっしゃいますか?
岡崎 仕事が無くなる人と、そうでない人がいて、AIを超えられない内容なら、その通りだと思う。ただしクルマを作った人の思いや開発された背景、それが日本の産業になにをもたらして、刻々と変化する世界情勢の中でどんな意味があるのか……と、そんな風に多角的に見て深堀りできれば、他のなにかに取って代わられることはないよ。
兵頭 その人ならではの独自性が必要ってことですね。
岡崎 モータージャーナリストの基本って、乗って、感じて、書く、もしくは話すことだけど、表面的なことだけじゃなく、もっと幅を広く、もっと奥行きを持って語れる人が増えないとね。それを意識していると、どんな短い文や言葉にも必ず深みが出る。そこからが本当の勝負じゃないかな。
兵頭 今、多少なりとも仕事をする中で自分の強みがよくわからず、個性があるなら、それをどう引き出せばいいのか悩んでいるんです。
岡崎 若い頃は僕も同じだった。でも、個性って自分でどうにかするものじゃなくて、人に見つけてもらって伸ばすもの。この場だと、仮屋さんのような編集者がまさにその役割だね。ジャーナリストやライターがいくらベテランでも、彼らの仕事が世に出る時には、必ず編集者が目を通すことになる。だから、編集者は原稿を読むプロでなくてはいけないし、良し悪しを判断できなきゃいけない。でも、最近の多くの編集者は、原稿を送っても「受け取りました」とメールが返ってくるだけで、なんの感想も指摘もない。ダメ出しされた時の悔しい気持ちは次に繋がるし、褒めてもらうと、思わぬ自分の武器の発見につながる。兵頭さんは書く仕事がメインではないけれど、動画の世界でも人に恵まれることによって、個性は作られていくと思う。
兵頭 ありがとうございます。
岡崎 とはいえ、入社して間もない仮屋さんは、先輩や年上のライターになかなか意見は言いづらいよね。でも、編集者って最初の読者なんだから、少なくとも「ここがおもしろかったです」のひと言くらいは伝えてあげてほしい。それだけで書き手のモチベーションは変わるし、編集者とライターが二人三脚で作り上げていく意識を共有できれば、クオリティはどんどん上がるから。では最後に、君たちよりもさらに若い世代へメッセージを送ってあげられる?
兵頭 どの世代の先輩方もみんな優しく歓迎してくれて、この業界に入る前に漠然と抱いていた不安はすぐに消えました。最初の一歩には多少勇気が必要ですが、ぜひ飛び込んできてほしいです。
仮屋 編集という職種は専門性が高そうですが、社会に出れば、どういう仕事であれ、初めての経験だと思います。誰もが素人からスタートするわけで、踏み出したからこそ、気づく魅力があるはずです。思い切ってチャレンジしてみてください。
岡崎 若い世代と話すのは心配だったけど、この業界はまだまだ大丈夫だと思えたことが収穫だった。今日はありがとうございました。
岡崎五朗/Goro Okazaki
1966年 東京都生まれ
1989年 青山学院大学理工学部機械工学科卒
1989年 モータージャーナリスト活動開始
2009年より 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
2009年より 日本自動車ジャーナリスト協会理事
ワールド・カー・アワード選考委員
仮屋栄祐 /Eisuke Kariya
四輪レース専門誌『auto sport』編集部員。2000年2月生まれ。山梨県 富士吉田市出身。幼少の頃から地元にある富士スピードウェイのレースを家族と度々観戦していた。そのせいか物心ついた頃にはダカール・ラリーや世界ラリー選手権のグループB、JGTC(現SUPER GT)等のVHSビデオに夢中になっていた。これまで自分でクルマを所有したことはないが、最近アバルト 695が気になっている。
兵頭倫果/Rinka Hyodo
1998年生まれの25歳。大学時代は工学部で電気の分野を専攻し、電気自動車やソーラーカーの製作に励む。ドライバーとして世界大会への出場あり。大学卒業後は国産自動車メーカーに技術者として入社。現在はフリーランスで、「若者にも響かせる」をモットーにYouTubeやライティング活動を行っている。愛車は大学3年生の時に購入したSUBARU WRX STI。クラス優勝を果たした2016年のニュルブルクリンク24時間レースのラッピングを全て手作業で再現。サーキット走行やジムカーナにもチャレンジし、年間約2万キロ走行している。