これからのモビリティ社会のために 次世代ジャーナリストを探せvol.8 僕たちは、これからクルマとどう向き合っていけばいいのか

今号ではこれからのモビリティ社会に重要な役割を果たすであろうふたつのテーマに光を当てた。

ひとつはEV化が進む社会に貢献する、AIによる二次電池の診断サービス。もうひとつは今後のモビリティ社会の主役となる若い人たち。まったく異なる視点ではあるが、読んでいただければ、未来のモビリティ社会を思い描くよりどころになるはずである。

近年、飽きるほどに聞かされてきた「若者のクルマ離れ」。しかし、最近の若者は意外にクルマ好きが多いのでは?というのがわれわれOVER50の肌感覚でもある。実際のところどうなのか。自動車社会の未来を担う若者代表として、慶應義塾大学自動車部の学生たちに話を聞いた。

まとめ・黒木美珠 写真・長谷川徹

慶應大学自動車部の活動は、クルマに興味がなかった人々も魅了する

岡崎五朗 (以下岡崎)はじめにお聞きしますが、慶應自動車部の皆さんはもともとクルマに興味のある人ばかりなのでしょうか。

力石尚武監督 (以下 監督)大学入学前から興味を持っている学生もいれば、入部後にクルマの魅力に目覚めた学生もいます。

大久保龍成 僕は高校でバスケットボールをやっていましたが、大学では新しい挑戦をしたいと思い、自動車部に入りました。もともとクルマに興味があったわけではありませんが、母とのドライブでクルマの楽しさを知り、ジムカーナ競技で日本一を目指せる可能性があると知って自動車部に入部しました。

早川杏樹 私は友人に誘われて入部しました。新入生歓迎会で行われたジムカーナの同乗体験がきっかけでクルマの楽しさを実感しました。学生のうちにこんなカッコイイことができるなんて思ってもみなかったし、自分も運転技術を磨きたいと思ったのです。

西村京夏 私も母に勧められて自動車部の見学に行きました。早川さんと同じく、ジムカーナの同乗体験がきっかけでクルマの魅力に気づきました。

監督 ご両親がクルマ好きの場合、自然と影響を受けてクルマに興味を持つようになるようです。今の学生の親御さんがちょうどクルマ好き世代。僕の私見ですが親の影響でクルマ好きになる生徒が多いように感じます。

岡崎 なるほど。もともとクルマに興味がなかった生徒さんは、どういうきっかけでクルマが好きになるのでしょう?

監督 友達に誘われてなんとなく入部したものの、段々クルマに詳しくなり、1年もしないうちにクルマを買う生徒も少なくありません。他の大学では、部員数の減少に直面している自動車部も存在しているようです。その理由は、ガレージや練習場所の確保が難しいためです。しかし、うちの自動車部は設備が恵まれており、そのおかげで多くの学生が集まってくれています。

若者のクルマ離れは過去形?今の若者の情熱が未来を加速させる

岡崎 今の大学生の両親は大体クルマが好きな世代だと思うのですが、もう少し上の年代の子供の親はクルマ離れ世代なんです。やはり親からの影響が大きいのでしょうね。力石さんも、これまでさまざまな年代の生徒を見てこられて、そのような傾向を感じておられるのですね?

監督 はい。私は監督を6年、その前はコーチとして活動していました。ちょうど平成10年から20年卒の学生たちの時代はまさに就職氷河期で、部活やクルマを楽しむ時間もない状況でした。そのため、資格取得やダブルスクール、留学が流行していて、クルマに興味を持つ機会が少なかったんです。そういった世代のOBやOGは、卒業後、部に顔を出すことは少なくクルマへの関心もあまりないようです。

岡崎 クルマ好きになるかどうかは時代背景も影響するのですね。

監督 そうですね。しかし、今の年代は違います。自分の子供を見ても、親がクルマ好きな方が多く、クルマに乗ることが生活の一部になっているように感じます。若者のクルマ離れと言われていたのは、若い人たちの親がクルマ離れしていたからで、それが子供にも影響していたんだと思います。でも、今のこの状況を見ると、クルマへの関心が戻ってきているなと感じます。

岡崎 自動車部以外の友達で、クルマに興味がある人は周りにいますか?

上野亜斗瑠 結構いると思います。クルマ好きの方向性が自動車部とは違うかもしれないけれど、クルマには興味があるようです。自動車部に所属していることをクラスメイトや同じ授業の友人に話すと、「え、自動車部なんだ? 俺も興味あったんだよね」とか、「ちょっとドライブ連れてってよ」など、結構言われます。そういう意味ではクルマ好きは多いと思います。

岡崎 若者はみんなクルマに興味がないと、よくメディアが言っていますが、そういうことではなさそうですね。

クルマ好きがクルマの仕事に就く一方で別の道を選ぶクルマ好きもいる

近藤正純ロバート (以下 近藤)事前にアンケートをいただいており、何人かの方が「将来、クルマに関わる仕事に興味がある」と答えてらっしゃいます。ここにいらっしゃる方で、興味があるにチェックをつけたひとは、手を上げていただけますか?

(2名以外が手をあげる)

近藤 事前アンケートでレンタカー事業をやりたいと回答された方にお話を伺いたいです。

杉山雄哉 ちょっとした夢なんですが、イギリスに少し住んでいたとき、レンタカーを使うことが多かったんです。そこではマニュアル車がメインでした。日本でレンタカーを借りるとオートマ車ばかりで、色も白や黒といったつまらないものが多く、運転してもあまり面白さがありません。

岡崎 なるほど。マニュアル専門のレンタカーということですか?

杉山 はい、面白いクルマをもっと提供したいと思っています。地元にそういったサービスがないので地域活性への貢献も含めて、楽しいクルマを提供したいです。

岡崎 それは良いですね。今のレンタカービジネスは大手になるほど、面白みのない車両が多くなる傾向にありますから。

杉山 私もそう思います。ヨーロッパではいろんなクルマがあり、レンタカーは移動だけでなく、旅の一部として楽しむことができますよね。

岡崎 確かに、レンタカーの選び方も旅行の一部として楽しむ視点が大事です。MARS(Mobility as a Service)という言葉が最近話題になっていますが、単なる最安値プランではなく、旅行を豊かにするための視点が必要です。クルマ好きの視点を取り入れることで、レンタカーサービスももっと多様で楽しいものになると思います。

杉山 はい。そういった視点を取り入れて、レンタカー事業をやってみたいと思います。

岡崎 応援しています。頑張って実現してください。反対に、クルマの仕事に就きたくないと回答していた生徒さんに詳しくお話を伺いたいです。

栁 蒼太 私もクルマが大好きですが、クルマは趣味で楽しむものとして向き合いたいという気持ちがあります。仕事として毎日クルマに関わることは魅力的だとは思うのですが、あくまで自分の自由な時間にクルマと接したいという思いがあって、あえて仕事にするのは避けたいと考えています。

岡崎 それもひとつの好きの形ですね。他にクルマに関わる仕事に就きたい学生さんはいますか?

長岡秀亮 僕はもともとクルマが好きで自動車部に入りました。クルマについてもっと深く知りたいのですが、機械としての自動車を正しく理解しようとすると、自動車会社や部品サプライヤーに就職して、開発に携わる必要があるんじゃないかと感じています。クルマに関する情報は外部には出てこない内容が多いと気づいたんです。だから、本当にクルマのことを知りたいなら、自動車関連会社に入るしかないのかな、と思うようになりました。僕の興味とやりたい仕事が一致しているので、何かしら自動車に関わることができたらいいなと思っています。

岡崎 なるほど、素晴らしいですね。アンケートで「自動車ジャーナリストに興味がありますか?」と質問したところ、何人かの学生さんが手を挙げてくれました。中でも、ジャーナリストの仕事ってどんなものなのだろう、何が楽しいのだろう、という質問もあったんですよね。

近藤 五朗さんの思う、自動車ジャーナリストという仕事は改めてどんな仕事だと思いますか?

岡崎 僕の場合は、少し他のジャーナリストとは違っていて、テレビをメインの媒体として週に一度、新車のレポートをしています。ただ、僕はクルマのレポート以外にも、政治家やエネルギー関係者など、クルマそのものではなく、その周辺のことにも焦点を当てて取材をすることが増えています。

近藤 なるほど。

岡崎 自工会会長の豊田章男さんが「日本には自動車産業で働く人が550万人いる」と仰っていましたが、そこにモビリティの概念が加われば、850万人になる可能性があるんですよね。だから、クルマそのものだけじゃなく、もっと広く、いろいろな視点からクルマを考えて、それを伝えていくのが僕の仕事になってきています。

近藤 では、他の人にも少し話を聞いてみましょう。将来はどんなことをしたいですか?

西 翔太 将来は特に自動車業界で働きたいとは思っていませんが、人々の生活を支えるような仕事がしたいです。特にモビリティやインフラに関わることに興味があります。

近藤 それは素晴らしいですね。モビリティジャーナリストには興味はありますか?

西 正直、今はモビリティジャーナリストがどんな仕事なのか、よく分かっていません。でも、どんな仕事なのでしょうか?

近藤 ともとモータージャーナリストは、新車の評価をするのが主な仕事でしたが、最近ではモビリティの概念が広がって、政治や経済、環境問題、ITなど、関わる分野が急速に増えてきています。そういった広がりに対応できるジャーナリストはまだ少なく、こういった分野に興味を持つ若い人たちを大募集している状況です。つまり、興味があればいくらでも仕事はありますし、大きなチャンスがあるということです。興味があればぜひ。

西 そうなのですね! 考えてみます。

岡崎 実際、僕も先日エネルギーの専門家と話す機会があったんですが、その人は電気自動車をタイヤの付いたバッテリーとしてしか見ていなかったんです。でも、それは僕らにはない視点で、ある意味気づきにもなりました。お互いの分野を超えて、どうやってより良い社会を作るかを考えると、意外と合致する部分が出てくるんです。だから、これからはこういった他分野との融合が重要になってくると思います。皆さんのように、クルマが好きというコアな部分があって、それを活かしつつ他の分野でも活躍できる人材は、今後ますます重要になると思います。皆さんは日本の宝なのです。

慶應義塾體育會自動車部

1931年にモーター研究会として発足。翌年、医学部モーター研究会、慶應義塾自動車協会が発足し、1933年にこの3つのクラブが合併して、慶應義塾自動車部を創立、すでに長い歴史を有する。技をみがき、体力の向上をはかるとともに、品性を重視し、学生スポーツの本分を全うすることを理念としている。全日本学生自動車連盟に所属し、主にジムカーナ、ダートトライアル、フィギュアの三種目の競技に参加。勝利を目指すのは勿論、自動車の整備・運転技術の向上に日々精進している。

岡崎五朗/Goro Okazaki

1966年 東京都生まれ
1989年 青山学院大学理工学部機械工学科卒
1989年 モータージャーナリスト活動開始
2009年より 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
2009年より 日本自動車ジャーナリスト協会理事
2009年より ワールド・カー・アワード選考委員

対談をまとめたのは▶黒木美珠

私も負けてられない! 若い世代のクルマに対する情熱や思慮深さに感化された。それが第一の感想。将来クルマ関係の仕事につきたい方、あえてつきたくない方、ジャーナリストを目指したい方、いろんな未来を夢見る皆さん。クルマ関係の仕事に付かなくても巡り巡って間接的にクルマと関わる縁はあるかと思います。これだけクルマに興味を持ち、真剣にクルマと向きあう彼らに頼もしさと私も負けてられないぞとやる気とモチベーションと、ちょっとした危機感(すぐにでも追い抜かれてしまうかもという)を感じました。メディアの言う「若者のクルマ離れ」という言葉はそろそろ死語になる日も近いかもしれません。

Mijyu Kuroki

1996年生まれ。SuperGT観戦やS2000を所有する祖母とのドライブなどで幼少期からクルマに親しむ。YouTubeも開設しており90日連続車中泊の日本一周や試乗会での新車紹介などを配信している。目指すは「クルマの能力だけでなくその背景にある作り手の想いなども伝えられるジャーナリスト」。