「話す」ことと「書く」こと。どちらかではなく、どちらも、が次世代の表現[対談]華音×若林葉子

まとめ・黒木美珠 写真・淵本智信

従来の自動車ジャーナリストとは違い、次世代のジャーナリストの多くはYouTubeなど動画で「話す」ことからスタートを切る。

すでに英語系のYouTubeチャンネルで約37万人もの登録者数をもつ動画クリエーターの華音さんを迎え、話すことと書くこと、動画と紙媒体のそれぞれの特性や魅力について話し合った。

英語の動画からクルマの動画にもチャレンジ

若林葉子(以下、若林) 華音さんは現在約37万人のチャンネル登録者をもつ英語のユーチューブと、クルマ系のユーチューブの2つのチャンネルで活躍されていますね。

華音 はい、動画クリエイターとして活動を始めて、現在ユーチューブ歴は6年目です。ユーチューバーになろうと思っていたわけではなく、もともとはミュージカル女優を目指していて、アメリカの大学へ進学したんです。その前にも高校2年生の時にニュージーランドに留学しています。

若林 なるほど。 そこで語学を習得したのですね。

華音 はい。ですが、あくまで英語はミュージカル女優になるための1つのツールでした。ミュージカルは代え(代役)がいることを前提にみんなで作品を作っていきますが、大学を卒業した頃から自分にしかできないことをやっていきたいと思うようになり、そこから色々と模索してたどり着いたのがユーチューブでした。

若林 英語のチャンネルですでに十分成功しているのに、なぜクルマのチャンネルを始めようと思ったの?

華音 喋れるモータージャーナリストになりたくて!

若林 もともとクルマがお好きだった?

華音 はい。特別何かきっかけがあったわけではなくて。幼少期、両親の運転するクルマの窓越しにクルマの車種当てゲームをして自然と好きになっていきました。クルマへの熱が上がったのは自分のクルマを購入しようと思ってからで、購入する上で色々と調べていくうちにクルマ1台1台の個性や奥深さに興味を惹かれ、どんどん沼っていきました。

動画は瞬発力が問われ、文章は熟考が必要

若林 華音さんはこれから「喋る・話す」だけでなく「書く」ことも積極的にやっていきたいとおっしゃっていますね?

華音 もともと書きたいと思っていたわけではないのですが、動画クリエイターとして「話す」ことに慣れてきたら、今度はもっと違う表現方法にもチャレンジしたくなったんです。

若林 この対談のテーマは「書くことと話すこと」「動画と紙媒体」なのですが、書くことと話すことでは表現の方法が違いますよね。

華音 そうですね。動画で話すことと、Web媒体や紙媒体に書くことでは表現できるものが違うと思います。何かを表現する過程で文章を書くというのは「熟考」することができるけど、動画は「瞬発力」が必要です。動画はリアルなものを率直に、直感的に伝えるという点で優れています。文章は知識や精密さ、ディテールを表現することに長けている。書くという表現方法にもチャレンジすることで、もっと熟考してから表現をしたら、自分自身どのような幅が広がっていくのか興味があります。

若林 両者の違いを的確に捉えてらっしゃいますね。モータージャーナリストの岡崎五朗さんはつねづね「書くことは話すことと同じアウトプットだと思われがちだが、実は書くことはインプットだ」とおっしゃっている。さまざまな事実を調べ、一度、自分の中に落とし込んで、熟考しなければ文章は書けない。

華音 そうですね。

若林 書くことがインプットだとすると、動画やテレビなど話す仕事というのはほとんどがアウトプットで、自分が消費されているように感じられてとても消耗するとおっしゃる方が多いのですが、華音さんはどうですか?

華音 その感覚、すごく共感できます! 私だけではなく、動画クリエイター全員に共通することだと思いますが、動画は自分を表現すること、アウトプットばかりをしているのでインプットする時間を作れずどんどん枯渇していってしまうような感覚があるんですよね。それをカバーするために意識的に自分のインプットの時間や楽しめる時間を作るようにしています。また、外に出て人と関わる時間を持つこともモチベーションや心の平常心を保つのに良いと思って取り入れています。

撮影協力・リバイバルカフェ

神奈川県三浦市にある築100年になる蔵を手作業で再生。クラシックカーなどクルマ好きが集うカフェとして知られている。
住所:神奈川県三浦市初声町和田2650-3 Tel:046(845)6224

動画が得意なこと、文章が長けていること

若林 昨年、モンゴルラリーに初めて出場される方のナビとしてモンゴルの大草原を走っている時、その方が「この壮大で素晴らしい情景は写真や動画ではきっと表現できないですね。もしできるとしたらそれは文章かもしれない」とおっしゃった。なるほどと思いました。動画は情報量が多くリアルに伝えることができる。例えば料理なんかは動画の方がわかりやすい。

華音 たしかに! 料理は文字よりも映像の方がわかりやすいですね。

若林 一方、文字というのは情報量が少なく、受け取った人のイマジネーションに頼る部分が多い。でもだからこそ壮大なもの、情景などを表現するのに実は文字の方が表現力が勝る、ということがあるのでしょうね。

華音 はい。文字は1対1で語りかけてくれているように感じます。文字が私に向き合ってくれているから私も向き合って読もうと思わせてくれる。そんな力があるように思います。動画は声や音楽、映像といった情報量がたくさんあり、向き合うというよりエンタメですかね。五感に訴えてはきてくれるが、しっかり向き合いながら自分の時間やペースで落とし込んでいくというのは文字の方が長けていると思います。

若林 動画やWebと紙媒体ということで言うと、本や雑誌のような紙媒体は手に触れることができるのも魅力の1つだと思います。初めて紙媒体に文章を書いた若手ジャーナリストの方に出来上がったページをお見せすると、みんな口を揃えて「感動した」と言ってくれるんです。1つのページであっても、執筆者、カメラマン、デザイナー、編集者などいろんな人の思いやエネルギーが合わさってできた1つの作品のようなものだからなのでしょうね。皆さんの反応から改めて紙媒体の良さに気づかせてもらいました。

華音 そうですね。雑誌の良さというと、動画は1から10まで見ないとわからないけど、雑誌はパっと見でも全体の概要が見える。向き合うという観点で文字の方が重みがあり魅力的ですね。

若林 今の時代は表現方法が動画も文章も両方あるというのは、受け取り手にとってはとてもラッキーなことかもしれないですね。

唯一無二の個性溢れることば選び

若林 動画はもちろん、華音さんの文章を拝見すると、とてもボキャブラリーが豊富ですが、文字を書いたり読んだりするのはもともと好きでしたか?

華音 はい。英語のユーチューブチャンネルでは日本語字幕の部分にはこだわりがあって、外注せずに自分で入れるようにしています。好きでやっているのですが、視聴者の方からの反響も多いです。表現方法を磨くという意味では本を読んだり、活字がメインのゲームをプレイしたりと、楽しくできる範囲でインプットするようには心がけています。

若林 独特の面白い言葉の使い方は華音さんの個性だと思うので、今後どのように文章に反映されていくのかとても楽しみです。

華音 ありがとうございます。私も個性という観点では自分の中でも考えるところがあります。綺麗でわかりやすく感情にも訴えかける文章というのは世の中にたくさんある中で、自分はこんなに綺麗な文章は書けないと思ったんです。頑張ったらある程度は書けるかもしれないけど、それでは私自身の個性というものは無くなってしまうなと。

若林 クルマの記事って、「面白い」とか「楽しい」と感じる記事は意外と少ない。華音さんは読んでる人が思わずニコッと笑ったりするような新しい表現ができるかもしれないなと期待しています。

自動車とメディアはともに変革期にある

若林 今までの自動車ジャーナリストの一番の仕事は「クルマのインプレッション」だった。でも昨今、自動車を取り巻く環境は大きく変わってきていますよね。これからの時代は自動車を取り巻く環境も含めた「モビリティ」に精通する人が自動車のジャーナリズムを担うと思う。

華音 「モビリティ」という観点はとても面白いと思います。近年AIという言葉をよく耳にするようになりましたが、ある人はAIに脅威を感じ、ネガティブなことばかり言う。ある人はAIを活用することを考え、ある人は何も考えてすらいない。大体の人がこの3パターンのどれかに当てはまると思います。私はそんないろんな考えの人がいる中で、伝え手としてAIが脅威なのではなくこれからはいろんな形で共存できる存在であることをわかりやすく噛み砕いて伝えていきたいです。まだモビリティに対して精通しているわけではないのですが、興味があるので率先してやっていきたいですね。

若林 自動車が大変革期にある今、表現という点でも同様だと思います。その両方の変革期に立ち会いながら、自動車がどう変化していくのか、モビリティが社会にどのような変化をもたらすのか、そしてそれをいろいろな人たちがどのような方法で表現していくのか、というのは非常に興味深い。

華音 私もそう思います。従来のエンジンを使ったクルマからEVに変革していくのもそうですが、従来の良さを理解してそれを活かしつつ、そこに新しい要素が加わってもっと良いものに進化共存していったら良いと思う。何かが良くなって、古いものが必ずしもダメということでなく両方の良いところを理解した上で発信していきたいです。

若林 あまり女性、男性などと軽々しく言うべきではないのですが、従来の自動車ジャーナリズムは主に男性が担ってきましたが、モビリティという分野になると女性の活躍の場がもっと広がるかもしれない。自動車の運転という意味では力の有無や空間認識能力も含め、男性に敵わないと感じることもあるけど、モビリティという観点ではそこはそれほど気にしなくていい。だからこそ女性にとってはチャンスなんじゃないかな。人の生活や社会を支える「移動」という広い観点からモビリティを論じる場合には、1人の生活者としての視点も生かされると思う。

華音 これからの自動車ジャーナリズムは今までとは違った観点が必要になるのですね。

若林 華音さんがおっしゃっているように、話すことと書くこと、動画と紙媒体、それに男性と女性ということも含めて、それぞれ得意とすることがあって、そのどちらかという短絡的なことではなく、それぞれの良さを活かしつつ、より豊かな表現ができるようになるといいですね。

華音 本当にその通りです。私はaheadの記事を読むと、読みながら共感できるんです。雑誌の中に私がいるような、対話しているような感覚になれる。話すにせよ書くにせよ、そういったことを意識しながら、これからもどんどん自分の表現を磨いていきたいと思います。

華音/Kanon

1993年11月3日生まれ。石川県出身。動画クリエイター。高校生の時ニュージーランドへ留学。高校卒業後はミュージカル女優を目指してアメリカの大学に進学するも、その後イギリスを拠点に海外情報や英語学習のノウハウを発信するYouTubeを開設。37万人近いチャンネル登録者数を誇る人気YouTuberに。もともとクルマ好きであることから自動車のYouTubeチャンネルも併設し、自動車ジャーナリストを目指して活動中。すでに輸入車メーカーの海外試乗会にも呼ばれるなどめきめきと頭角を表している。

若林葉子/Yoko Wakabayashi

OLを経て、2005年からahead編集部在籍。2017年1月から3年半、編集長を務める。2009年から計6回ラリーレイドモンゴルに出場し全て完走。2015年にはダカールラリーにHINO TEAM SUGAWARAのナビとして参戦した。現在はフリーランスで活動しながら、再び、aheadの編集にも関わっている。

対談をまとめたのは 黒木美珠/Mijyu Kuroki

幼少期からSuperGT観戦や祖母のS2000でのドライブ、休日の洗車などでクルマに親しむ。洗車のYouTubeチャンネルを立ち上げ、2年目以降からは車中泊90日連泊で日本一周旅や各種メーカー試乗会での新車紹介動画やインプレ撮影などにも活動の場を広げている。目指すは「クルマの能力だけでなくその背景にある作り手の想いなども伝えられるジャーナリスト」。